第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
さて、と。
時間を確認して、私はすっと立ち上がった。
……そして。
任務を終えた帰り道で気づく。
――スケッチブック、忘れた。
思い当たるのは、あのカフェしかない。
慌てて戻ったものの、店の灯りはすでに落ち、扉は固く閉ざされていた。
……仕方ない。
「明日、もう一度行ってみるか」
そう自分に言い聞かせ、その場を後にした。
翌日。
「あの……昨日、スケッチブックを忘れてしまったのですが。こちらに、ありませんでしたか?」
恐る恐る尋ねると、店員は申し訳なさそうに首を横に振った。
「いえ……見当たりませんね」
胸が、すとんと落ちる。
……やっぱり、ここしか思い当たらないのに。
そう思った、そのとき。
「探しているのは……これ、ですか?」
鈴が鳴るような、澄んだ声。
思わず顔を上げて、息を呑んだ。
――綺麗な子。
色白の肌。
すみれ色と淡い桃色が溶け合った髪。
蒼い星空を閉じ込めたような瞳。
年若いのに、不思議と目を離せなかった。
それが――ティアナちゃんの、第一印象。
「あ……ありがとう」
ようやく言葉を絞り出し、受け取ろうと手を伸ばす。
……が。
ひょい、と。
スケッチブックが軽々と持ち上げられた。
「……ん?」
「相席しても、いいですか?」
そう言って浮かべられた笑顔は、無邪気で、堂々としていて、どこか人を巻き込む力があった。
気づけば私は、反射的に頷いていた。
――このときは、まだ知らなかった。
この小さな少女が、
私の人生を、もう一度“縫い直してくれる”存在になることを。