清く正しく美しく
手段は一つ
「まあ順調なんだろうなあ。月島、琴葉ちゃんのことすごい大事にしてるでしょ?」
そう言われて、胸の奥がちくりと痛んだ。すごく大切にしてくれている。ケンカらしいケンカだってしたことがない。それなのに。
「愛されてるって感じで。悩みなんてなさそう」
悩みなんてなさそう、か。琴葉は、水の入ったコップを自分の方へ引き寄せて俯いた。やっぱりワガママなのだろうか。籠の中の鳥のように大切にされていることが寂しいだなんて。
「――って思ってたんだけど、何か悩んでそうだね?」
意外な言葉に目を丸くした琴葉が顔をあげると、頬杖をつきながら穏やかに笑う豆原と目が合った。
「悩み・・・・・・というか、私ってワガママだなあって反省を」
「え~!?まあ、琴葉ちゃんが考えてること、何となく分かるけどね」
「・・・・・・私ってそんなに分かりやすいでしょうか?」
「俺は琴葉ちゃんの愛読書を知ってるし、月島は琴葉ちゃんのことをやり過ぎなぐらい大切にしてるのも知ってるから」
琴葉は内心で冷や汗をかいていた。豆原は、琴葉が官能小説を好んで読んでいることを知っている唯一の人だ。そして察しもいいので、本当に琴葉が抱いているモヤモヤを言い当ててしまうかもしれない。
「ちょっと物足りないんでしょ?」
カレーを食べながらニヤリと笑われ、琴葉は言葉に詰まった。的確に言い当てられている。
「その反応は正解かな」
「・・・・・・私に魅力がないからです」
「そんな訳ないでしょ。年頃の男なんて好きな女の子と付き合ってたらしょっちゅう考えてるよ、好きな子とのあんなことやこんなこと」
豆原は笑い飛ばして言った。
「でもあいつ王子様だからなあ~理性が飛ばないように頑張ってんだよ、多分」
それを分かってあげないとさすがに王子様が可哀想、と豆原さんは言う。
月島くんは付き合ってから態度を変えたことは一度もない。いつも、琴葉と目が合うと微笑んでくれる。琴葉とキスをしたいだとか――その先に進みたいと思ったことなんて、あるのだろうか。
「琴葉ちゃんが嫌だと思うなら、手段は一つだけ」
要領を得ないように琴葉が首を傾げると、豆原は右手の人差し指を立てて冗談口調で言った。
「琴葉ちゃんが王子様を押し倒しちゃえ」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。豆原の言葉の意味を理解した時、手にしていたコップが音を立てて震えていることに気づいた。
「おっ、押し倒す・・・・・・1?」
言葉にした途端、脳裏に今まで読んできた官能小説の数々がよぎった。あの、背徳的で激しくて、いやらしくて。でも美しい世界観にあるもの。
私が、月島くんを相手に・・・・・・?
「まあ、無理はしなくていいけど。でも、頑張って王子様をしてる月島の鉄壁の理性、崩してみたくない?」
崩す。豆原さん曰く、頑張って保っているという月島くんの理性を、自分の手で。
もし崩すことができたら、高校生の頃よりも大きくなった身体に何も身につけず包まれて・・・・・・と妄想しかけていることに気づいて、琴葉は慌てて首を振った。
「琴葉ちゃんの百面相、月島に見せてやりたい」
豆原はそう言って大笑いしていたけれど、別れ際に「頑張れ」と語尾にハートがつきそうな声色で応援された。