清く正しく美しく

勘違い



「・・・・・・今日、月島くんのお家に行きたいです」




 琴葉は繋いでいる手をぎゅっと握りしめた。理玖の顔が見られない。顔をあげられない。心臓が口から飛び出そうなほど激しく鼓動していて、顔が燃えるように熱い。




 でも、理玖が何も言わないことに気づいて、今度は怖くなった。




 琴葉の家に行きたいという言葉を、どう捉えたのだろう。



 いきなりすぎた?


 大胆すぎた?



 ・・・・・・困らせてしまった?




 思考が、どんどんネガティブな方に引っ張られていく。




「・・・・・・琴葉さん」




 ごくり、と喉の音が聞こえたような気がした。



 恐る恐る、理玖がどんな顔をしているのか見たいと思って顔をあげて、真っ赤な顔で口元を手で覆う理玖と目が合った――時。





「あれ、理玖だ~~」





 理玖の背後から、昨日理玖と腕を組んで歩いていた女性が歩いてきた。胸を突き刺されたように、ちくりと痛んだ。




 振り返った理玖の手が離れていってしまい、琴葉の手が所在なさげに宙を描く。




 嫌だなあ。大好きな温もりが遠ざかってしまった。さっき振り絞った勇気もどこかへ行ってしまった。どうしてこの方がここにいるんだろう。




「ちょ、姉さん!?」




「何よ、お姉様と呼びなさい」




 焦ったような声が聞こえて、琴葉は勢いよく顔をあげた。理玖の腕に絡みつく女性と目が合い、にっこり笑いかけられる。




「あら?こんばんは~初めまして。あなたが彼女さん?」




「は、初めまして。天童琴葉と申します」




 琴葉は混乱しながら、頭を下げた。



 この綺麗な女性は昨日月島くんと親しげにしていて、琴葉はどういう関係性なのかモヤモヤしていた。でも、さっき月島くんは、彼女に向かって「姉さん」と言っていた。ということは・・・・・・




「やだ、可愛い~~~!」




 琴葉の手を両手で握って、ぶんぶん手を振る。琴葉はされるがまま、月島くんのお姉さんなのだと、ようやくはっきり気づいた。つまり、琴葉は勘違いして月島くんのお姉さんに嫉妬していたのだ。
 




 勘違いした挙句、焦ってお家に行きたいって言っちゃったんだ・・・・・・!





 自分の言動を思い出して、琴葉は顔に熱が集まるのが分かった。理玖にもお姉さんにも申し訳ないし、あんなことを言ってしまった自分が恥ずかしくて、穴があったら入りたい。




「ちょっと、琴葉さんが困ってるでしょ!?」




 離れて、と理玖が琴葉を庇うようにお姉さんの間に入った。理玖が「それと自己紹介」と促す。




「理玖の姉の月島美玖です。理玖の彼女が可愛くてびっくりしちゃった。本当に理玖でいいの?」





「そんな、滅相もないです。月島くんに私はもったいないかと・・・・・・」




「あら、なんて良い子なの~~~~!!」




 美玖が両手を広げて琴葉に近づいてきた。すかさず理玖が琴葉の前に立ち塞がって、目の前が大きな背中でいっぱいになる。




「姉さん、邪魔しないで」




「何よ、ケチね。いいじゃない、ちょっとくらい」




「止めて。何でここにいるの?」




「何でって、あんたが買い物に付き合えないってチンケなこと言うからよ。一人で買い物に来てたの」




「昨日、散々付き合ったでしょう。買いすぎだよ」




「今日は何も買ってないじゃない」




「それは荷物持ちがいないからでしょ?」




 何だか姉弟喧嘩がはじまってしまった気がする。琴葉はどうしたらいいのか分からなくて、オロオロすることしかできない。





 しばらく口論を続けていたけれど、突然理玖が「あ~~もう!」と叫んだ。すごい勢いで琴葉の方へ振り向いて、手を優しく引かれる。




「デート中なの!見て分かんない!?邪魔しないで」




 そう言い残して、理玖は琴葉の手を引いて歩いていく。琴葉も理玖に連れられる形で歩き出した。美玖とすれ違う時、美玖の口が「ごめんね」と動いた。多分、邪魔してごめんね、という意味なのだろう。琴葉が会釈をすると、ウインクが返ってきた。すごく様になっていて、美しくて、思わず見惚れてしまいそうだった。





「ごめんね。姉さん嵐みたいな人で。大丈夫だった?」



「はい。綺麗な方ですね」




 周囲を見渡した理玖が、琴葉の手を少し強く握った。



「・・・・・・琴葉さん。さっき言ってたこと、まだ、有効かな」




 心臓が一度強く跳ねた。心臓の鼓動が早すぎて、少し苦しいくらい痛い。




 焦って口走ってしまった大胆な誘い文句。取り消したいとは思わないけれど、月島くんがどう思ったのか知るのは怖い。
 



――怖いけれど。





 震えないように、理玖の手をしっかり握り返す。理玖の手は、琴葉と同じくらい熱かった。



「・・・・・・はい」



 琴葉が小さく頷くと、理玖は何も言わずに琴葉の手を引いて歩き出した。改札を通る時も、電車の中でも、ずっと手を繋いでいた。




 口から心臓が飛び出してきそうなほど緊張している。今までないくらいドキドキして苦しくて、でも嬉しい。琴葉の胸の音だけが響いているような錯覚に陥りながら、琴葉は理玖に連れられて歩いた。





 やがてあるマンションの前についた。理玖が片手で器用に鍵を取り出して、オートロックを解除する。エレベーターに乗り込んで、上昇していくごとに琴葉の心臓は破裂しそうなほど飛び跳ねた。





 部屋の前に来た理玖は、少し躊躇って琴葉を見る。理玖の瞳は、月明かりに照らされて揺れていた。
 


「・・・・・・琴葉さん、本当にいいの?」



 理玖と目が合って、顔がさらに熱くなるのを感じた。二人きりになることに、緊張をすることはあっても、嫌だと思うことはない。



 月島くんの家に、初めて連れて来てもらえた。それなのに、引き返すなんて選択肢、琴葉にはない。




 琴葉が頷くと、理玖は鍵を差し込んで開けた。琴葉の背中が優しく押され、初めて足を踏み入れれた。
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