清く正しく美しく

二度目の



 以前来た時とは違って、穏やかに話しながら理玖の住むマンションに着いた。




 絡んだ指と、前よりも近くに感じる理玖の温もり。前よりも近づいた距離に恥ずかしさを感じる。



けれど、躊躇いながら招き入れてくれた理玖が、躊躇せずに「いらっしゃい」扉を開けてくれた。そのことが嬉しくてたまらなくて、胸の奥がじんわりと温かくなった。




「お邪魔します」




いつか、「ただいま」と「お帰り」と言い合えるようにはなるのだろうか。他愛もない話をしながら一緒にご飯を食べて、一緒に眠る。



 そんなことが現実になるとしたら――





 さっきの理玖言葉も相まって、つい想像してしまった。




 妄想にトリップしそうになって、慌てて軽く頭を振った。





 心の中で気を引き締め、リビングに面するドアを開いて待っている理玖に向かって歩きだした。





 数日ぶりに足を踏み入れた理玖の部屋は、以前に来た時と変わらず綺麗だった。でも、何故か前とは違って見える。




 自分の荷物を置いて手を洗い、料理をする準備を整える。髪の毛を後ろでくくりながら、小さく息を吐いた。





――初めて一緒に料理をする。せっかく作るなら、美味しいと思ってもらいたい





鏡で軽く左右を確認してからリビングに戻ると、理玖がキッチンにある冷蔵庫にスーパーで買った食材を入れていた。




「お手伝いできることありますか?」




「ちょうど終わったから大丈夫だよ」





 冷蔵庫の扉を閉めて振り返った理玖は、琴葉を見ると少し顔を赤らめて微笑んだ。





「髪の毛縛ってるの、可愛いね」





 琴葉は身体中の熱が顔に集まってくるのを感じた。今日だけで一生分の「可愛い」を言われた気分だ。





 前とは比べものにならないほど甘くなった雰囲気と、理玖からの甘さと熱を孕んだ瞳に見つめられて、急に落ち着かなくなってきた。





 理玖から視線を逸らすことも近づくこともできずに立ち尽くしていると、理玖が琴葉の方へ来て、大きな身体に包み込まれた。





 耳が理玖の胸に当り、心臓の音が聞こえてくる。琴葉と同じくらい、早い鼓動が聞こえた。自分の心臓の音がうるさいくらいに高鳴っている。でも、理玖の柔らかい温もりに、身体の緊張が解けていった。





 琴葉も理玖の背中に腕を回してぎゅっと抱きつくと、理玖がより強く腕に力を入れる。目を閉じて理玖の胸の音と温もりを感じていると、理玖が上半身の力を緩めて琴葉の顔を覗き込んできた。





 甘さの中にほんのり欲望の混じった真剣な瞳に射抜かれ、心臓の音が激しくなった。理玖の瞳に吸い寄せられて目が離せないでいると、理玖の顔が近づいてきた。





 白い肌に伏せた瞳の影が掛かったのが見えて、琴葉も瞳を閉じる。前みたいに口づけを落としてくれるのかもしれない。そう思って息を止める――けれど、いつまで経ってもその瞬間は訪れなくて





何も起きないので目を開けようとすると、額に理玖の唇が落とされた。






すぐに理玖が離れていってしまって、額に手を当てながら内心で残念に思っている自分に気がついて、余計に恥ずかしくなった。





理玖は琴葉の頭を髪の毛が乱れないように優しく撫でると、穏やかに笑う。




「ふふ、可愛いね」



「月島くん・・・・・・!?」




「ちょっと待ってて。クローゼットの奥にエプロンがあるはずだから」




 そう言うと、理玖は奥の部屋に入っていった。何かを探している音が聞こえて、琴葉はようやく自分の状況に気がついた。




 とても熱くなった頬を両手で冷やそうとしたけれど、指先まで熱くなっていてあまり意味はなかった。




――どうしよう。私、もっと欲張りになってる気がする




 初めて口づけをした時と同じように理玖の顔が近づいてきたから、キスをされるものだと思って期待をしてしまった。




 凄く恥ずかしい。でも、やっぱり、もう一度、あの時みたいに深く触れてほしいと思ってしまう。




 そう言ったら、理玖はどんな反応をするのだろう。




 はしたないと幻滅されちゃうのかな。それは嫌だけれど、もっと触れ合いたいと思っているのも私の本音だ。




 そんな思いが頭を駆け巡って悶々としていると、理玖がエプロンを片手に戻ってきた。




「琴葉さんには少し大きいかもしれないけど」




「ありがとうございます。お借りしますね」




 理玖が持ってきてくれたシックな黒色のエプロンにお礼を言って手を伸ばそうとしたら、理玖はさらりと交わした。琴葉が目を白黒させている合間にエプロンを広げ、ふわりと被せてくれる。




「後ろ向いて?」




「・・・・・・はい」  




 琴葉が背中を向けると、腰の辺りに理玖の大きな手がかすかに触れた。びくりと思わず身体が反応してしまい、心臓が飛び跳ねる。




 どうしよう。月島くんに変だと思われたかもしれない。





「う~ん、やっぱり大きいね。俺のやつだから仕方ないけど」





 琴葉の心配を他所に、何事もないように理玖はエプロンの紐を後ろで結んでくれた。理玖の手が離れていくのが分かって、少し息をつこうとした時――背後から大きな温もりに包み込まれた。





 理玖の体温も、匂いも、息づかいも――すぐ側にある。





でも、背後から理玖を感じていることにも、理玖の表情が見えないことにも。





どうしてかいつもよりもドキドキしてしまう。





 思わず身を縮めていると、耳元に理玖の唇が寄せられた。





「こういう色も似合うんだね。可愛いよ」





 吐息混じりに低く、でも、甘く囁かれて、思わず耳に手を当てた。耳も顔も――いや、身体中が熱い。





 おずおずと後ろから抱き締められた状態で顔だけ振り返る。





――と。





目の合った理玖が甘く、優しく微笑んだ。心臓の音が激しく鳴り、身体が動かない。





「・・・・・・じゃあ、そろそろ始めようか」




「・・・・・・はい」





 理玖は琴葉の髪の毛に唇を落とすと、腕まくりをして冷蔵庫に向かう。





 琴葉は少し呆然としながら、今日は――心臓がいくつあっても足りないかもしれないと思った。
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