ノインの恋煩いーー役目を終えたはずの巫女でした番外編

第6章 ノインの恋煩い⑥――二人の想い

■エーファの想い

いつも通り約束の時間に、庭園へ向かう。

前に会った帰り際、自然に決まった、変わらない約束である。

その足取りが、今日は少し重い。

数日前、父に呼ばれたときのことが頭を離れない。

相手は王都内の中間層貴族で、家柄も釣り合いが取れており、年も近く、仕事も堅実だという。

王宮でエーファの働く姿を見かけ、ぜひにと申し出たのだと父は続けた。

形式だけの話ではない。先方は本気だ。

「急ぐ話ではないが、前向きに考えてほしい」

父はそう言い、母は静かに手を握った。

「嫌なら断っていいのよ」

けれど、そのあとに続いた言葉は優しかった。

「悪い話ではないの」

穏やかに暮らせる未来がある。

あの人のように、危険な任務に向かう姿を見送り、帰りを案じて眠れない夜を過ごすこともない。

何もしなければ、この話はまとまる。

それでも、胸の奥は静まらない。

――叶うのであれば、傍にいたい。

けれど、ノインの気持ちが分からない。

庭園で交わす視線が、どこまで本心なのかも分からない。

勘違いかもしれない。

自分だけが踏み出しているのかもしれない。

ずるい方法だと分かっていても、それ以上に確かめる術が思いつかなかった。

――もし、止めてくれなければ。

そのときは、受けることも考えよう。

そう決めているはずなのに、鼓動はやけに早い。

庭園に着くと、ノインはすでにそこに立っていた。

いつもと変わらない姿を見た瞬間、胸が強く打つ。

短い挨拶を交わしたあと、エーファは静かに言った。

「……縁談が、持ち上がっています」

ノインの視線が、わずかに止まる。

「何もしなければ、まとまる話です。家も釣り合っていて、両親も前向きで」

言葉を重ねるほどに、胸が締めつけられる。

「悪い話ではありません」

顔を上げる。

「どうすればよいのか、分からなくて」

どうか、止めてほしい。

その願いを胸の奥に押し込めたまま、答えを待った。

────────────────────

■ノインの想い

縁談。

その言葉が、胸の奥に重く落ちる。

何もしなければ、まとまる。

悪い話ではない。

頭では理解できる。

けれど、祝う言葉が出てこない。

他の男の隣に立つ彼女の姿を想像した瞬間、息が詰まる。

黙っていれば、彼女は穏やかな未来を選べる。

それが正しいのかもしれない。

それでも。

「どうすればよいのか、分からなくて」

その問いが、胸を強く打つ。

ノインは視線を落とし、静かに息を吐いた。

迷いを振り払うように、顔を上げる。

「……受けないでほしい」

声は低いが、揺れていない。

「あなたが他の人の隣に立つのを、想像できません」

言葉を選ぶ余裕はなかった。

「貴方が好きです」

はっきりと告げる。

「結婚を前提に、私とお付き合いしていただけませんか」

風が、静かに揺れる。

エーファの目が、わずかに潤む。

涙がこぼれる前に、瞬きをひとつする。

それでも、視線は逸らさなかった。

「はい。私も、お慕いしています」

声はわずかに震えていたが、言葉ははっきりしていた。

胸の奥に張り詰めていたものが、静かにほどける。

ノインは深く息を吸い、静かに頷いた。

……そのあと、言葉が続かない。

互いに向き合ったまま、どう動けばよいのか分からない。

先ほどまでと同じ庭園なのに、妙に静かに感じる。

エーファが、そっと息を吐いた。

「……なんだか、変ですね」

「え?」

「いままで通りお話ししているだけなのに、少し、落ち着かなくて」

ノインは一瞬きょとんとし、それから小さく笑った。

「私もです」

視線が合う。

ほんのわずかな間のあと、どちらからともなく笑みがこぼれる。

張り詰めていた空気が、やわらいだ。

そのとき、ノインがふと表情を整える。

「……エーファ」

「はい」

「ご家族には、きちんとご挨拶に伺います」

エーファが目を瞬かせる。

「縁談のお話もありますし……」

一度言葉を区切り、まっすぐに見つめる。

「その際に――」

わずかな逡巡。

「……結婚を前提に、と言ってしまっても、よいでしょうか」

エーファの頬が、ゆっくりと赤く染まる。

「……はい」

小さく、けれど確かな声。

「私も、そのつもりです」

視線が重なる。

次の言葉が見つからず、また二人で少し笑ってしまう。

「なんだか、くすぐったいですね」

「はい……少しだけ」

まだ手も触れない。

けれど、二人の間には、はっきりと未来があった。

並んで歩き出す。
< 6 / 6 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった

総文字数/206,896

恋愛(純愛)88ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
「私が、あの綺麗な方の婚約者に……?」 黒い髪と黒い瞳を理由に「不吉を呼ぶ姫」と恐れられ、幼い頃から塔で暮らしてきた第二王女アリス。 地味で目立たず、そのうえ「不吉を呼ぶ姫」という噂まで背負う自分が、誰かに愛されることなどない。 そう思い、幸せを望むことさえ諦めていた。 そんなアリスに突然決まったのは、隣国トルシアの王弟ウィルとの婚約だった。 王弟にして騎士団長。 国随一の剣の腕と、誰もが目を奪われる美貌を持つウィル。 アリスにとって、あまりにも遠い存在――。 しかも婚約は、隣国ゼリアへの抑止力として結ばれた形だけのものだった。 けれど、共に過ごす日々の中で、誠実で優しさを秘めたウィルにアリスは少しずつ心を寄せ、ウィルもまた、健気でひたむきなアリスへ惹かれていく。 「貴方以外を婚約者に迎えるつもりはありません」 形だけだった婚約は、やがて本物の恋へ。 ようやく幸せを手にした二人だったが、婚姻式を目前にアリスはゼリア王国へ渡ることを余儀なくされる。 離れ離れになっても、ウィルは彼女を諦めない。 「必ず迎えに行く」 誰にも選ばれないと思っていた地味な王女と、そんな彼女だけを選んだ王弟。 仮初の婚約から始まる、一途な純愛ファンタジー。 ※第66話以降は、基本的に週3投稿となります。 表紙イラスト:AI生成(ChatGPTによる作成イメージ)
表紙を見る 表紙を閉じる
異世界で暮らし始めて二年。 私はただ、ここで生きていくために、薬師として働いていた。 恋なんて、縁のないものだと思っていたのに。 ある日、店に訪れた一人の武官。 ただの客のはずだったその人に、なぜか心を引き寄せられてしまう。 無愛想で、距離のある人。 それでも、ふと見せた柔らかな笑みが忘れられなくて—— 届くはずなんてないのに。 それでも、気になってしまった。 ※完結済みです

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop