天才外科医からの求愛〜傷跡ごと甘く癒されて〜
 誰?声はまだ若そうな男の人だ。
 うしろを振り返ろうとしたけれど、がっしり羽交い絞めにされ、身動きが取れない。

「離してよ!どうして私が一方的にこんなことされなきゃいけないのっ!」

 まともな判断ができない。私、もうどうなってもいいや。
 どうせ今世もこんな人生なんでしょ。

 ジタバタもがいていると
夏子(その人)は妊娠しているんだ。もしものことがあったら、あんただって一生後悔する」
 
 えっ?妊娠している?
 フッと全身の力が抜けた。

「雫羽、ごめん。夏子は妊娠しているんだ。これ以上興奮したり、無理したら、赤ちゃんに影響が出るかもしれない」

 妊娠しているって、優馬もわかっていたの?
 赤ちゃんがいる妻をほっといて、私と浮気してたの?

 男性が私を拘束するのをやめた瞬間、腰が抜けたようで、私はその場に座り込んでしまった。
 私、この人が止めてくれなかったら、取り返しのつかないことをしてしまったかもしれない。

 赤ちゃんという言葉を聞き、彼女も大人しくなった。

 私を止めてくれた男性を見上げた。
 切れ長の鋭い眼、真黒な髪の毛はサラサラしていて、輪郭はシュッとしている。目鼻筋は整っていて、とても綺麗で中世的な顔立ちをしている。
 あれ、この人。
 もしかして
風見(かざみ)先生?」
 私が呟いても、彼は返事をしない。あ、人違いか。

「すみません。人違いでした」

 私が謝ると彼は無言でハンカチを渡してくれ
「髪の毛と顔、拭けよ。水、かけられただろ」
 表情変えることなく、貸してくれた。

 これ、使ってもいいのかな。
 バッグの中に自分のハンカチがある。そっちを使った方がいいよね。

 そんなことをぼんやりと考えていると
「ごめん。あとは弁護士を通して連絡する。夏子が具合が悪そうなんだ」
 優馬はそう言ってさっきとは違い、顔面蒼白の彼女を支えながら、帰っていく。

 なんだ。やっぱり私より夏子さんの方が大切なんだ。

 彼女の背中を見ると、持っていたバッグにマタニティマークが着いていた。
 赤ちゃんは何も悪くないのに。大丈夫かな。
 私、あの人のこと押しちゃった。

 そのあと、すぐに店側から退店を求められた。それはそうだ。オシャレなレストランであんなことをしてしまったんだから。
 出入り禁止みたいなことを言われたのはじめて。

 髪の毛まだ濡れている。
 結局あの人のハンカチを借りちゃった。良い匂い。なんだか懐かしい匂いがする。

 気づいたら、助けてくれた男の人はいなくなっていた。
 同じ病院で働く外科医の風見先生に似ていたけれど、違ったみたい。
 お店から退店したけれど、これからどうしよう。

 希望も何もない。
 辛い、悲しい、苦しい。
 今は一気にいろんなことが起こって、ぐちゃぐちゃな状態。

 だけど時間が経ったらこれは憎しみに変わる。
 きっと優馬のことを許すことはできないし、夏子さんのことも好きにはなれない。

 私、本当に優馬が結婚しているって知らなかったんだよ。
 知っていたら、途中で気づくことができたら別れていたのに。
< 6 / 9 >

この作品をシェア

pagetop