側妃マリアの謀

 
 式が終わり、国民へのパレードが終わると、次は披露宴だ。昼食会の時点で疲労困憊だったけれど、そうも言っていられない。立食形式の夜会で、私はようやくそのひとと再会することができた。
「マリア」
 その、聞き覚えのある声に振り返る。
 そこには、懐かしい女性がいた。
「姉様……!」
 周囲の目があるので、私たちは小声に呼びあった。私に声をかけたのは、姉様だった。
 この度、長年他国と国交を持たなかったルナリア王国は、セレニア皇国、モントヴァルト王国、そしてエリセリュン王国の三カ国と同盟を組み、国を開いた。
 手紙のやりとりはしていたけれど、顔を合わせるのはほんとうに久しぶりだった。
 久しぶりに見た姉様は、相変わらず美しく、華やかだった。
「会いたかったわ……!」
 姉様が抱きついてきて、私も彼女を抱きしめ返す。
 姉様の香りが、ふわりとする。ラム酒の入ったチョコレートのような、そんな香りだ。姉様愛用の香水である。その香りすらも懐かしくて、胸があたたかくなる。
「今日は来てくれてありがとう」
 体を離して感謝を伝えると、姉様はふわりと微笑んだ。
「もちろん、来るに決まっているじゃない。以前は難しかったけれど……今は、友好国だもの。でも、安心したわ。陛下と仲がいいのね」
「………姉様」
 からかう姉様に、じとっと視線を向けると、私の視線を意に介さず、彼女は朗らかに笑った。
「ふふふ。嬉しいのよ、私は。マリアならどこででも幸せになれると思っていたけれど……それでも、心配だったの」
「姉様……」
 姉様が、眉を下げて微笑んだ。太陽のような瞳が潤んで私を見ていた。
「私も、ご挨拶をさせていただいても? フランチェスカ妃」
 その時、背後から声が聞こえて、振り返る。
 そこにはアルヴィン陛下がいた。その隣には、ほっそりとした印象の男性がたっていた。
 彼こそが、ルナリア王国の王太子殿下。つまり、姉様の夫である。
 青い髪は、ルナリア王国特有のものだろうか。少なくとも、エリセリュン王国でも、モントヴァルト王国でもあまり見ない色合いだ。
 ルナリア王国の王太子殿下は、黒縁の眼鏡をかけていた。
 姉様はアルヴィン陛下が姿を見せたことに驚いたように目を瞬いたが、すぐにふわりと微笑んだ。
「ええ。ぜひ。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、来てくださりありがとうございました。……彼女が、敬愛する姉君と話していた時から、いつかお会いしたいと思っていました」
「あら」
 私の話をしてくれていたの? という、姉様の視線に、私も微笑みで返す。
「フランチェスカと同じですね」
 ふと、ルナリア王国の王太子殿下が口を開く。
「彼女もよく、マリア妃の話をするのですよ。ですから私も、最愛の妻が大切にする妹君とお会いしてみたかった。フランチェスカの言うように、理知的で美しい妃ですね」
「お褒めの言葉をありがとうございます」
 ルナリア王国の王太子殿下は、落ち着いたひとだった。私が答えると、そっと、アルヴィン陛下に腰を抱き寄せられた。その手は優しすぎて、もはや抱き寄せる、というより触れている、という言葉の方がニュアンスが近いくらいだ。
「……そうなのです。マリアは、私にはもったいないくらい素敵な女性ですよ」
 アルヴィン陛下のハッキリとした声に、姉様がキャッ! と口元に手を当てた。ルナリア王国の王太子殿下も驚いたらしい。目を瞬くふたりの視線は羞恥が襲ってきたけれど、私も、同様にアルヴィン陛下に寄り添って言葉を返す。
「あなたに置いていかれないよう、懸命なだけです」
 だけどやはり、どうしてだろう。
 私の言葉は、どうにも臣下のそれになってしまって、良くない。
 
 ☆
 
 夜会を途中で抜けた私とアルヴィン陛下は、ようやく息を吐いた。
 今日は朝早くから動いていたのでとんでもなく疲れた。だけど、私以上にアルヴィン陛下の方が疲れているはずだ。彼は、今日だけではなく毎日が激務なのだから。
 既に王族専用区域(プライベートエリア)に入っているために、誰ともすれ違わない。足音がただ、響く。
 ルンハルトはもう眠っているだろう。
 彼の部屋は、私たちの部屋の向かいに用意された。ルンハルトも、今日はとても疲れたはず。
「そういえば、ルナリア王国の王太子殿下ご夫妻からいただいた結婚式の贈り物ですが……」
 ふと、横を歩くアルヴィン陛下が口火を切る。
「その中に、植木鉢が入ってました」
「植木鉢……!?」
 驚いて、足を止める。
 アルヴィン陛下が、ふわりと微笑んで答えた。
「花が咲いたリヴィアーネです。私の母が愛し、あなたの姉君が贈ってくれた花だ」
 リヴィアーネ──。
 あの花があったから、アルヴィン陛下はご自身のお母様の出身を知ることができた。私は、姉様と会うことが出来た。
 幸運を意味する花と聞いたけれど、確かにその通りだ。笑みを浮かべると、アルヴィン陛下が柔らかな声で言った。
「花言葉は『幸せを運ぶ』だそうです。ほんとうに、その通りになりましたね」
「エリセリュン王国でも、栽培できるでしょうか」
 ルナリア王国とは、環境が異なる。
 土壌とか、気候とか、リヴィアーネに適しているのだろうか。不安になって尋ねると、アルヴィン陛下が問題ないと言わんばかりに頷いて答える。
「栽培方法を記した本も同梱されていました。気温も環境も、エリセリュン王国とルナリア王国はさほど差がないそうなので……頑張りましょう」
 それは、一緒に育てることを示唆していて、私も微笑んで答えた。
「ルンハルトと一緒に、観察記録をつけようかしら」
「いいですね。私も参加しても?」
「アルヴィン陛下はそんなお時間はないでしょう? そのお時間があるなら、眠ってくださいませ」
 ただでさえ、彼は多忙なのに。
 私の言葉に、アルヴィン陛下がくすくすと笑う。
「明日を考えた時に、こころが踊る。何をしようかと考える。……こんな未来が待ってるなんて、十二年前は思いもしませんでした」
 十二年前、といえば、アルヴィン陛下がご両親を亡くした年だ。
「ありがとうございます、マリア。あなたは私に、いつも幸福をくれる。先を照らす道標となってくれる。そんなあなたを、私は尊敬しています」
「……買いかぶりすぎですわ。私も──」
 そこで、私は言葉をとめた。
 いつからか、私も言おう。言わなければ、と思っていた言葉。今なら、言える、気がする。
 そう思って、私は口を開いた。
「あなたを愛しております」
 敬愛は親愛に変わり、そして、いつからか、私はアルヴィン陛下というひとを愛した。
 私の言葉に、アルヴィン陛下は目を見開く。それから、まつ毛を伏せ、僅かな思案の後、彼が私に問いかけた。
「……口付けをしても?」
「ふふ。もう結婚したのです。聞かなくてもよろしいのに」
 私の言葉に、アルヴィン陛下は困ったように笑った。
「あなたの答えが欲しいのです」
「……では、早くキスをくださいませ」
 少しだけ、踵を持ち上げて顎をあげる。
 すると、アルヴィン陛下が私の頬に触れて──ほんの一瞬、触れるだけのキスを私たちは交した。くちびるが離して、互いにくすぐったくて微笑んだ。
 今日、私はアルヴィン陛下の正妃となった。
 そして、ルンハルトの母にもなったのだ。
 この幸福を守れるように、この幸福を続けられるように、頑張らなければ。
 そのためには、何でもする。
 その思いで、私は夜の廊下を、静かにアルヴィン陛下と歩き始めた。
 
 
 【完】
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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