ノイズの向こうできみは歌う
その言葉を聞いて、俺は息をのんだ。

忘れたくても忘れられない。
それは、俺が小学校時代を捧げた場所だった。

ライブハウス・ムジカ。

その名前を聞いた瞬間、鮮やかな光景が頭の中に蘇ってくる。
……やめろ。もう忘れたいんだ。

俺の反応を見て、山都由真は確信したようだった。

「やっぱり! ねぇ、あのね……」
「知らねぇ!」

気づいたら叫んでいた。

山都由真ははっと身を竦ませる。
それでも俺の言葉は止まらない。

「ムジカ? 知らねぇよそんなライブハウス。誰かと勘違いしてんじゃねぇの? 勝手なこと言って、俺に関わらないでくれ!」

そう叫んで彼女に背を向けた。
早歩きの歩調が、だんだん駆け足になる。

一刻も早く、一人になりたかった。

彼女は追ってはこなかった。

   *

バタンと玄関を閉めて、しんとした家で俺は浅い呼吸を繰り替えした。
兄貴は夜遅くにしか帰ってこない。
こんなところを見られなくてほっとした。

乱暴に靴を脱いで、自分の部屋へ向かう。
適当にカバンを放り出して、ぼすんとベッドに腰掛けた。

閉ざされた押入れが目に入る。
そこにある物の姿形を、俺は鮮明に思い浮かべることができた。

思い出したくない。

俺は横になって、目を閉じた。



小学校時代の俺は、たぶん教科書を開いている時間より楽譜を見ている時間の方が長かったと思う。

お年玉と小遣いを貯めて買ったベース。
憧れのバンドと同じものはさすがに買えなかったけど、楽器屋で弾かせてもらってすぐにこれと決めた。

黒光りする重厚なベース。
初めて手にした自分の楽器に、胸を躍らせた。
どんな音楽だって奏でていけるんだと思っていた。

楽譜の読み方を勉強して、CDを何度も聞いて、音楽に合わせて弾いて。
何度も弦に這わせた左手の指は、だんだん固くなっていった。

一人で弾いてるだけでは飽き足らなくなってくる。
ベースだけじゃバンドにはならない。

楽器屋の掲示板には、バンドメンバー募集の張り紙がたくさんあった。
ベースを募集していたバンドに、俺は連絡を取った。

募集していたのは大人だったけど、俺はなんとかメンバーに入れてもらった。

そこからは楽しい日々だった。
学校から急いで帰って、ベースを引っ掴んでスタジオへと駆ける。
一曲、また一曲と弾けるようになるのが楽しかった。

家にいる時間も、メトロノームに合わせて弾いていた。
近所からうるさいと言われないか心配でアンプには繋げなかったけど、ベースをいじってるだけで楽しかったのだ。

だからこそ。


『おまえのベース、気持ち悪い』
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