激甘嘘婚~冷徹社長は初恋秘書を手放さない~
その後も続くあえぎ声と、ベッドの(きし)む音、荒い息遣い。

(これって、まさか)

ドッドッと、心臓が激しく鼓動を打つ。

頭の中が真っ白になった。

手を震わせながらスーパーのビニール袋とバッグを床に置き、リビング兼寝室のドアを開けて中に足を踏み入れる。

「きゃあっ!!」

「わあっ! 由利、なんでいるんだよ!」

ベッドの上にいた茶髪マッシュショートの男――潤と、彼に組み敷かれている栗色セミロングの女が、由利を見て悲鳴をあげた。

あまりにもひどい光景。

潤はボクサーパンツ一枚、女にいたってはなにも身に着けていないようで、半泣きになりながら羽毛布団で体を隠している。

この家で潤と同棲を始めた時、一緒に買いに行ったダブルサイズの羽毛布団だった。

グースダウン九十五パーセントの高級品を、由利が奮発して買ったのだ。

(まるで、絵に描いたような浮気シーンだわ)

信じていた彼氏の裏切りを前にして、呼吸を忘れるほどショックを受けているのに、頭の中では冷静に状況を判断していた。

くりっとした大きな目に、桜色の唇、色白の肌。小柄で、まるで人形のようにかわいらしい彼女には見覚えがある。

(受付の子だわ。たしか川瀬さんが、男性社員のアイドル的存在だって言ってた)

「おい、勝手に入ってくるな!!」

潤はなぜか逆ギレしている。

そもそもここは、由利の家でもあるのだ。家賃こそ払っていないが、光熱費と食費を出しているし、なにより家事のすべてをこなしていた。

勝手に入ってもなんの罪もない。

だがいつも冗談ばかり言っている潤のこんな様子を見るのは初めてで、由利は唖然とすることしかできないでいた。

「うっ、ひどい! こんなところを人に見られるなんて……」

受付の子が、涙をポロポロとこぼして泣き出した。それを見た潤が慌てふためく。

「美月っ、ごめん」

「耐えられませんっ! 出ていってもらえませんかっ!?」

華奢な裸の肩を震わせて泣く美月を見ていると、まるで由利の方が悪いことをしているような気分になってくる。

潤も(かば)うように美月を抱き、由利をキッと睨みつけた。

「おい、出ていけよ!」

「……え?」

「え、じゃねーよ! 美月が泣いてるだろ!?」

由利を怒鳴りつける潤の顔には、憎しみがありありと浮かんでいた。

(私は悪くない)

常識的に考えてそれは確かなことだった。

悪いのはどう考えても、浮気した潤の方だ。美月は恥ずかしさのあまり泣いているようだが、人の彼氏を寝取った方が罪深い。

だが責められると心が深く傷ついて、冷静な判断力を失ってしまう。

その前に、二年も付き合った彼氏の浮気現場を目撃して、心はすでにズタズタだった。

「さっさと出ていけ!!」

もう一度怒鳴られ、由利は逃げるように玄関から外へと飛び出した。

動揺とパニックで、心臓がバクバク暴れている。肌の感覚もおかしくなっていて、冬の夜だというのに寒さを感じなかった。

「勝手に居座りやがって!」

マンションの下に降りたところで、潤の怒鳴り声がした。

「二度と帰ってくるな!」

わざわざ窓を開けてまで、捨てゼリフを吐かれる。

由利はショックを通り越して、もはや呆れに近い気持ちになっていた。

潤のマンションには、勝手に居座ったわけではない。

彼から提案され、合意の上で一緒に住み始めたのだ。

さすがの潤も、それについては覚えているだろう。

(あの子がいる手前、そういうことにしたいのね)

彼女でもなんでもない女に居座られて迷惑している、という状況を装って、浮気ではないと美月にアピールしたいのだろう。

潤が好きなのは、由利ではなく美月だから。

潤の気持ちに気付いたとたん、体が震え、足先から力が抜けていった。

今すぐに泣きじゃくりたいのを必死にこらえ、唇を噛みしめる。

(そういえば最近、潤は様子がおかしかった。ずっと誰かとスマホでやり取りしてたし、土日もしょっちゅう出かけてた。怪しさは感じてたけど、本当のことを知るのが怖くて、私は目を逸(そ)らし続けていたのかもしれない)

それがもう、現実に目を向けるしかなくなってしまった。

由利は脱力し、抜け殻のようになる。

すると、横断歩道の前に停まっている黒い高級車が目に入った。

運転席にいる黒髪の男が、こちらに鋭い視線を投げかけている。

驚きのあまり、由利の心臓が止まりそうになった。

(うそ、堂前朔也?)
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