精神障がい、性的違和の知暖が学んだ「真実の愛」と「人生の正解」を目指す道
道徳で、登場人物の気持ちを想像する授業では、答えがひとつではない。印象的だったのが、西洋のお話で、窃盗の常習犯の男が、パーティーか何かに呼ばれ、また盗みをしてしまった。パーティーをした家の主人は、家の物が盗まれていることに気がついた。しかし、男を訴えることはなかった。なぜか? 自分の答えは「同じ罪を繰り返さないようにするため」。

盗みを働き、何度も訴えられた男が、善人のような心優しい人の影響で「盗みを繰り返さない」という影響を与えたかったと解釈をした。道徳の「ひとの気持ち」を考える授業は、実際の人間関係とは違い、例題なので、答えはひとつじゃなく、自分の考えた気持ちを誇らしげに発表した。大人になっても、発達障がいのサークルで「答えがひとつじゃない」問題を、正解のように、自信満々で答えたね。

ちょっと変わっている男子も、男が更生したことを話し、結婚して、赤ちゃんを産んで⋯⋯と、かなり先の幸せも想像していて、みんな引いていたけど、今の自分は、かなり先まで想像する物語性のある未来を考える力は足りない、負けたなって思う。
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