精神障がい、性的違和の知暖が学んだ「真実の愛」と「人生の正解」を目指す道
林間学校当日。一泊二日で、山形先生は夜いない。しんじ先生と、1組の女性教師と保健室の先生がつきっきり。普段被っている帽子を持参したが、学年の手洗い場に置き忘れ、頭にタオルを巻いて頭皮を日差しから守った。

催し物の説明を林間学校の先生がしていて、ジョークが面白かった。道を外れて、地元の馴染みのある地域に行ってしまうかもしれないことを何度も言ったことや、カウントダウンの際、1を切ったあと、小数点に切り替わったことが面白かったと記憶している。

ここは多分、しんじ先生も真面目モードが解けるべきところだったと思う。しんじ先生の経験では、林間学校で叱られた児童は今までいないと聞いていた。昼食は自炊。カレーと豚汁が年ごとに交互にくる感じで、自分のときは豚汁。事前に、家庭科室での調理実習で予習済み。

家庭科室での調理実習では、元々自分は家で米研ぎの手伝いをしていて、調理実習の際、自分の班が水を計って米を研いでいた。実習後の失敗集として挙げられ、自分の中での常識が、班の仲間の失敗で否定され、自分まで無知だと思われた気がして、非常に恥をかいた記憶がある。

かまどでの豚汁作りと炊飯。米研ぎを担当し、他のクラスメイトは、自分的に間違った方法でやっている子もいたが、みんな自分流に米を研いでいた。

山地なので、屋内にも屋外にもカメムシが多かった。当時はカメムシは推しの昆虫ではなく、種類も区別していなかったため、色も模様も関係なく、みんな一括りで「カメムシ」。豚汁を炊く火の中にカメムシが向かっていくところを見た。カメムシと火の思い出は、中学校で2度目を迎えるまで、当時特に胸を痛まなかった。

暇な時間、土の山からジャンプしたり、元気に動きまわったり、友達と楽しく遊んだりし、全身を使って遊んだ。自炊は特に失敗しなかった。つけ合せの市販品の漬物がおいしかった。かまどの残り火を頬に貯めた水で消したことは、しんじ先生に見られて頭を叩かれた。火の神様に無礼をしてしまった。

先生が当時振り返っていたときのように、本当にどこにでもカメムシがいて「カメムシと一緒にごはんを食べた」と言える。「カメムシごはん」と振り返る人もいたが、もちろんカメムシをおかずに食事をしたわけではない。自炊での食事は当時、添削前の正直な作文には「うまかった」と書いた。
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