精神障がい、性的違和の知暖が学んだ「真実の愛」と「人生の正解」を目指す道
中学生では、激太りし、数ヵ月で小柄でスリムだった体型が、平均の体重に近づき、卒業後に小学校の運動会を見に行き、同級生の親友が気にかけていた、2年生になった下級生に、その親友のノリで声をかけた。「だれ?」と言われた。縦割り班の1年生が6年生になって再会したときも「だれ?」と言われた。縦割り班の2年生の子だった男の子は、太った姿でも「マジドデカイ」とか言って、いつまでも覚えてくれたのにな。もちろん、大人になってからは関わっていない。多分忘れられている。でも当時のことを話すと覚えているかもしれない。定かではない。

かわいがっていた下級生のほとんどが僕のことを忘れ、その子たちにとって馴染みのある仲間たちと一緒に遊んでいる。置いていかれたような、自分が記憶からなくなり、過ごした短い時間さえも消えてなくなってしまった。自分にとっては、仲良くしたり、一緒に帰ったり、遊んだり、活動したりした下級生たちにとって、僕との思い出はそんなに重要じゃないんだなって。

自分ばかり、このように思い出として残っていて、相手には何の思い出として残らない。自分しか気持ちを持っていない、一方的な想い、なんか報われない片想いのようで、切ない気持ちになる。
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