Show Time!
Episode:Nine ✩ わからない人
コトハが落ち着いた後、一行は星導家に集まっていた。アスカ、マリ、ミリ、サクヤ、ユウヤ、そして荷物を持ってきたコトハ。先程のアスカの宣言通り、コトハはこれから星導家の傘下に入る、つまり星導家で過ごすことになる。
守人とは、本来隠されたお役目。
その正体が割れてしまった以上、コトハが狙われる可能性は充分にある。だからアスカはあんな提案をしたのだ。サクヤではなくアスカが保護したのは、魔法師のテリトリーが良い、というよりも魔法師自体が領地に煩くないというのが大きな理由である。魔法師は魔術師に比べておおらかな人が多い。悪く言えば楽観的すぎる。対して魔術師は繊細で慎重な人が多い。だからこそ、過去の格式を重んじ、頭が固いといわれるのだが。
ダイニングに座り、紅茶を啜る。
これはお茶を入れようと動こうとしたアスカを制して、幹部らしいことをさせてくださいと強請った冬路姉妹がいれたものである。なので、アスカは若干不服そうな表情をしている。
席順は天の川邸と同じ、アスカの右側にマリ、左側にミリ、アスカの正面にサクヤ、その右側にコトハ、左側にユウヤと並んでいる。
一同がカップを置いたあと、気まずそうなコトハがおずおずと声を上げた。
「あの…ごめんなさい。さっきはお見苦しいところを見せてしまって…」
「見苦しいなんて。感動のシーンだったじゃないですか」
少しからかうように告げるマリ。
深刻になりすぎないようにという、彼女なりの優しさだった。
「ありがと、マリちゃん。それからアスカ。改めて、今日からお世話になります」
「うん。ようこそ、星導家へ。ずっと1人だったから、コトハがいてくれるの嬉しい」
「私達も時々遊びに来ますからね〜」
「一緒に、ご飯食べましょう…!」
和気藹々と微笑み合う女性陣を暫く黙って眺めていたユウヤが、ふと声を上げる。
「それで、結局コトハちゃんはこれからどうするつもり?」
真面目な問いかけに、コトハは姿勢を正す。
「“依代”を使用しない封印の仕方を探すつもりです。まだ、何の成果も出ていませんけど…」
ユウヤの方を見るのが難しいため、全員を見回しながら力強く告げる。
洞窟の、乱雑に散らばった書物たちを見れば、彼女がこれまでもその方法を探していたことは明らかだった。だからユウヤも素直に頷く。
「あ、それから…私も聞きたいことがあったの」
聞きたいこと、と言われ、アスカは首を傾げる。
「皆さんは、どうやってあの場所に入ったんですか」
その問いには、僅かに警戒が混ざっていた。
場合によれば、何かしなくてはないないとでも言うような。
「ミリちゃんの魔眼?」
「…いいえ。確かにあの時、コトハ先輩の魔力は感じていました」
思わぬ告白に、アスカはミリを見つめる。マリは何となく予想していたのか、チラリと一瞥しただけだった。
「でも、確信がなかったので…言いませんでした。…黙っていて、ごめんなさい」
しゅんと項垂れるミリ。アスカの驚きの視線が、思いの外堪えたのだろう。そんな顔をされては怒るに怒れない。結局アスカは「次はちゃんと教えてね」と言うだけに留めてしまった。
「じゃあ、ミリちゃんが見つけたってわけじゃないのね…」
「あの通路を見つけたのは、アスカだ」
視線だけをコトハに向けて、サクヤは答える。
それに続けてアスカもあの時の状況を説明する。
「元々会議室にいたんだけど、誰かに呼ばれてるような気がして1階に降りたの。その時にはもう声は聞こえなかったけど、あの通路を見つけて…」
「開いてなかった、よね」
「えぇ。壁だったんだけど、触ったら無くなって」
「危うく落ちかけたな」
内心ヒヤリとしていたサクヤが釘を刺す。
それを華麗にスルーして考え込むコトハ。
顎に手を当て、首を捻る。
「本来、有り得ないのよ」
そう呟く声は困惑していた。
「あの通路は、守人───桜木家の人間しか見つけられないし、開けられない。だから他の人が見つけるのは、それこそミリちゃんみたいな特殊な人じゃないと無理なのよ。でも…」
ゆっくり顔を上げる。
現実を受け入れられず揺れる瞳が映すのは、同じように困惑しているアスカだ。
「アスカは、見つけた」
じっ…とアスカを見つめていたが、やがてコトハはため息を着く。
「これが他の人だったら疑うんだけど…。まぁ、アスカなら正直、なんでもありよね」
「なにそれ…。私そんなに万能じゃないわ。魔力が戻ったとはいえ、完璧にじゃないし…」
魔力が戻った、という言葉を聞き、コトハは思わず立ち上がる。
「ぇ…戻った、の…?」
「あ…そう。まだ少しだけなんだけどね」
大きく目を見開いたコトハは暫く固まっていたが、ボロッと涙を零すと椅子に崩れ落ちた。
「よ、よかったぁ…っ」
自分の事のように泣いてくれる姿に、なんだか嬉しくなってしまったアスカは笑みを零す。
「いつのこと?」
「今朝よ。学校始まる前」
「だから今日いなかったのね…。アスカもサクヤもいなかったから、何かあったのかなって思ってたけど」
そっか…と噛み締めるように呟かれ、若干の気恥しさを感じる。当人よりも、周りの方が余程感動してくれているような気がした。
「まぁ、それで天の川邸に戻ったからこうなってるんだけどね」
涙を拭いながら、自嘲するコトハ。
バレてしまった罪悪感はもちろんあるが、今はそれよりも堂々とアスカのそばにいられることが嬉しかった。
その時、パキッと音を立てて突然サクヤが持っていたカップの取手が割れた。
「わっ……」
小さく驚きの声を上げるサクヤ。
机の上に落ちたカップは幸い割れることはなかったが、紅茶はサクヤの制服を濡らしていた。
「わ、大丈夫ですか?サクヤ先輩」
「火傷してないか?」
思わず立ち上がるマリとユウヤ。
他の2人もそれぞれ立ち上がり、布巾を濡らしている。
そんな中、アスカは割れたカップを凝視したまま動けずにいた。
頭の中に、一瞬ビジョンが駆け抜けたから。
──────
少女は足元に落ちたカップを見つめている。
落としてしまったらしいそれは、カップと取手が綺麗に分かれてしまっている。
そこへ少年がやってきて、アスカの顔を覗き込む。
「大丈夫?アスカ。怪我してない…?」
少女は首を振る。しかしアクアマリンの瞳は後悔に揺れていた。
「どうしよう…っ」
「お母様に謝りに行こう。大丈夫。怒られたりしないよ」
「…はい」
しゅんと項垂れる少女。
少年はそんな様子を見て、少し考える。
「…じゃあ、こうしよう」
ポンと手を打つと、少年は部屋を出て行った。
戻ってきた彼の手には接着剤。
カップと取手をくっつけると、少女に優しく告げる。
「これからこのカップは僕が使うよ。そうすれば、誰も壊れたことに気づかない。お母様にも悲しい顔をさせなくて済むよ」
カップを掲げ、優しく微笑む。
少女はぱぁっと笑顔を咲かせると、目を細めた。
「ありがとうございます…!████…!」
──────
「アスカ…?」
名を呼ばれ、ふと我に返る。
全員の視線は固まっているアスカに注がれていた。
「あ…ごめん。大丈夫?」
「うん。でも、ごめん。カップ…」
「ううん。それは気にしないで、多分…」
元々割れてたから───。
そう思ったが、先程のビジョンがなんなのか分からなかったから、口にすることは出来なかった。
「とにかく着替えましょう。お父様の服で良ければだけど」
「え…恐れ多いんだけど…」
着いてくるよう促すアスカに続いて階段を上がる。
廊下を進んだ奥の左側が両親の部屋だ。
ドアノブに手をかけ、一瞬だけ躊躇う。両親が亡くなってからここに入ったのは、数える程度だ。
迷いを振り払い、ドアを開ける。不意に掠める落ち着いた香り、慣れ親しんだ大好きな。
潤んだ瞳に気が付かないふりをして、アスカはクローゼットを開ける。木製の大きなクローゼットは、僅かに軋んだが問題なく開いた。
そこから悠希のシャツとズボンを手に取り、後ろを着いてきていたサクヤに渡す。
「…今更だけど、俺は入ってよかったのか…?」
お礼を言い受け取った後、サクヤは不安そうに眉を寄せる。
「どうして?」
「だって、一応俺は魔術師の頭領だ。そんなやつを自分の領土…それも前当主の部屋に入れるなんて…」
考えてもいなかった指摘に、アスカは瞬く。
アスカにとってサクヤは“敵”ではない。寧ろ誰よりも頼りになる“味方”だ。だからこそ魔法師・魔術師という認識が薄いのだろう。
「大丈夫。だって私は“魔術師のリーダー”を招いたわけじゃないもの」
けれど。彼が魔術師である前に、もっと大切なことがある。
「私はサクヤを…大切な親友を招いたんだよ。だから、大丈夫」
彼は、立場に関係なく“大切な人”であるということ。例えサクヤが魔術師であろうが、魔法師であろうがそれは変わらない。何があっても裏切らないだろうという、無責任な信頼があった。
そんなアスカの言葉を聞いたサクヤは、困ったように微笑む。彼女のこの思考は昔から変わらない。そしてそれは“この”環境が作り出したものなのだろう。
ベッド脇のコルクボードに飾られた写真。ローテーブルの上のアルバム。そして辺りに並べられている幼い頃に作ったであろう作品たち。
彼女が両親から惜しみない愛を注がれていたことがよく分かる部屋だった。
「変わらないね。アスカは」
眩しいと思う。自分とは違うと思う。
だからこそ、守りたいと思う。
アスカを見つめる視線は、少しだけ寂しそうだった。
「それじゃあ、服、有難くお借りするよ」
「うん、どうぞ。この部屋で着替えちゃって。私は外で待ってるから」
頷いたサクヤを見届けてから、アスカは部屋を出る。
小さく息を着き、閉められたドアを振り返る。
結果的にではあったが、サクヤのおかげでこの部屋に入る覚悟ができた。1人では、きっといつまで経っても逃げていただろうから。
外の景色でも見ようかとバルコニーに向けて歩き出そうとして、ふと右側で佇むドアが目に入った。
星導家の2階は、階段を上がってすぐホールがあり、左側は客間がある。そして廊下があり左側が両親の部屋、その奥も両親の部屋から続く書斎だ。その反対がアスカの部屋で、バルコニーを挟んだ隣がこの部屋だ。たしかここは。
「空き部屋、だったよね」
ゆっくり近付き、ドアノブに手をかける。
空き部屋なのだから、別に遠慮する必要は無い。ないはずなのに、躊躇っている。
自分でも理由がわからず首を捻る。覚悟を決め、ドアノブを回した、のだが。
「あれっ…」
ドアノブは途中で何かに引っかかったように回せなくなってしまった。鍵がかかっているようだ。
基本的に、部屋に鍵は掛けないはずだ。何か大切なものをしまった場所だったのだろうか。
そんなことを考えていたら、背後でドアが開く音がした。
「お待たせ」
振り返ると、制服を綺麗に畳んで持っているサクヤが、居心地悪そうに視線をさまよわせている。
普段が和装だからか悠希の服だからかはわからないが、なんだか新鮮で笑みがこぼれる。
「変わらないね、サクヤも」
微笑みながら近づくアスカの視線は制服に注がれている。真面目で誠実な、サクヤらしい畳み方。
今でこそ男らしい話し方をしているサクヤだが、これは彼の父・信士の真似だ。彼は父が亡くなったあとから、存在を忘れることを恐れるように父の真似をするようになった。元々のサクヤは、常に敬語で話す礼儀正しい少年だった。同級生は初対面の時、必ずその洗礼を受けるのだ。アスカは初対面の時に敬語を辞めるようお願いしたが、そうして頼まない限りは誰に対しても同じように接する。それが“教えられたこと”で“次期当主としての振る舞い”だった。
魔術師の、特に美喜の指導は厳しい。
サクヤは信士ではなく、美喜の指導を受けて育ってきた。彼が美喜に対してトラウマ的な恐怖があるのはそのためだ。“常に当主としての振る舞いを”。そう教え込まれてきたサクヤは、気を抜くのがとても苦手だ。
そんなサクヤがこうしてのびのび話すことが出来るのは、アスカとの交流があったから。サクヤがアスカを助けているように、サクヤもまた、アスカに救われていた。
「さっきの仕返しか?」
「まさか。ただの真似っ子よ」
小さく笑いながら、揃って階段を降りる。右折してホールを抜け、廊下の先の扉を開けると洗面所だ。アスカは洗濯機の扉を開け、洗剤を探す。
「わざわざごめんな。お願いします」
サクヤから渡された制服を受け取り頷く。
洗濯機の中に入れ開始のボタンを押すと、ピーッという音が鳴り、ゴウンゴウンと回り始める。踊り出す洗濯機を横目に、アスカは先程のビジョンを思い出していた。
「それで?」
壁に体を預けるサクヤが静かに問いかける。
「え…?」
真意の見えない問いに、アスカは首を傾げる。
脈絡はないように感じた。
「俺がカップを落とした時、ぼーっとしてただろ。…もしかしてあのカップ、大切なものだったのかな」
後半の問いは、不安そうに告げられた。
気にしなくていいとは言われたが、それで納得するサクヤではない。本当のことを告げなければ、新しいカップを買ってくるくらいはするつもりだろう。
「ううん。そういうわけじゃ、ないんだけどね」
続きを言おうか悩む。
あれが果たして記憶なのか、他のものなのか、事実なのか虚構なのか、分からない。
そんな不確定のことを告げるべきか、決心がつかない。
そんな様子から悟ったのだろう。
サクヤは肩を落として俯いた。
「アスカはまだ、俺を頼ってはくれないんだね」
切なげな声に、胸がぎゅっと締め付けられる。
和解できたのはまだ今朝のことなのだ。
いくらサクヤが避けられていたことを責めなくても、罪悪感は残っている。
そもそもサクヤにこう言われてしまえば、アスカが断ることは不可能だった。
「その言い方は卑怯よ…」
「うん、ごめん。ちょっと分かっててやった」
申し訳なさそうに微笑まれ、呆れの笑みを返す。
洗濯機から離れ、サクヤの隣で同じように壁を背にもたれかかる。洗濯機はまだ鳴り止まない。
「さっきね、何か“見えた”の」
ポツリと言葉が零れた。
「“見えた”…?」
「うん。それが何かは分からないんだけど、多分、昔の私」
疑問の眼差しで見つめられていることに気が付かないフリをして、アスカは床を眺める。
「私がカップを割っちゃって困ってたら、誰かが直してくれたの。それで、『これからは僕が使うから大丈夫』って言ってくれた」
「それ、悠希様か?」
「ううん、違うと思う。同じくらいの男の子だった…はず。私はありがとう“ございます”って、言ってたけど」
「ここには、基本的に3人で暮らしてたんだよね?他の分家の人とかは…」
「いないわ。お手伝いさんとかは来てくれるけど、同い年くらいの男の子はいないし」
顎に手を当て思案するサクヤ。
サクヤは星導家のことをよく知っているわけではない。まして頻繁に出入りしているわけでもない。
しかし、アスカのことはよく知っている。
「それって、グラキエスが言ってた“違和感の答え”…だったりしないか」
え、とアスカは思わず顔を上げる。
「どういうこと…?」
「今日、アスカ言ってただろ。何か足りないって。それって誰かの記憶が抜け落ちてる可能性があるんじゃないかなって思ったんだけど」
「誰かの記憶…」
先程のビジョンを思い出す。
あれがもし、本当にあったことだとしたら。
それならば、自分は一体“誰”を忘れているというのだろうか。
「あ…」
「なにか思い出したの?」
「あ、ううん。そういうわけじゃないんだけど、そういえば昨日、変な夢を見て」
そう言いながら、思い出してみる。
この家では無い、〈鏡里〉に似ている場所。
轟音が響き、視界がぼやけていた。
なんとなく不安を感じ、サクヤに体を寄せる。
「それにも男の子が出てきたの。多分、同じ人。その夢では、たしか…『お別れだ』とか『幸せになってね』って言ってた気がする」
「お別れ…」
サクヤも少しだけ体を傾ける。
彼らにとって、別れとは両親を想起させるものだ。必然的に沈黙が流れる。聞こえるのは洗濯機の回る音だけ。
「アスカー?」
不意に、廊下からコトハの呼び声が響く。
慌ててアスカは洗面所の扉を開く。ホールで辺りを見回していたコトハは、アスカの姿を見つけると安心したように息を着いた。
「よかった。ねぇ、電話来てるわよ」
「え、誰だろ…。すぐ行くね」
後ろを振り返りサクヤと頷き合うと、3人はリビングへと向かった。
***
時は、アスカとサクヤが部屋を出た後まで遡る。
2人を見送った双子は軽く目配せをすると立ち上がった。
「それじゃ、私達も1回家に帰りますね」
「今日は…ここに泊まります、から」
「コトハ先輩の護衛も兼ねて、パジャマパーティーしましょう」
言いたいことだけ言うと、双子は颯爽と部屋を出る。さすが通い慣れているのだろう。その足取りに迷いはない。
バタンと扉が閉まると、部屋に沈黙が降りる。
残されたのはコトハとユウヤ。
2人に直接的な接点はほとんどない。サクヤの教室に訪れた時、何度か顔を見ている程度だ。
しかしこの部屋の空気は、双子が出ていった後から確実に張り詰めていた。
「サクヤやアスカちゃんは、あぁ言ったけど」
先に口を開いたのはユウヤだった。
横並びに座っているので、お互いの表情は見えない。
「俺はまだ、君のことを信用してない」
そう告げる声は、普段のユウヤよりも冷たく、鋭い。
警戒と敵意があった。
「元々“守人”のシステムも疑問に思ってたからね。封印の状態が手紙ひとつで信じられるのは、はっきり言っておかしい。盲目的すぎる」
「…そうですね。でも、私たちが虚偽の報告をするメリットもないと思います」
「そうかな。それこそ君の言う“偽の守人”のように、争いを起こさせることで、俺たちを分断させることもできるんじゃない?」
コトハは視線だけユウヤの方へ向ける。
厳しい物言いだ。しかし本当に恐ろしいのは、ユウヤの真意が見えないことだった。
「ユウヤ先輩はよく“守人”を…いえ、人を分かっているんですね」
「そんなことないよ。サクヤ達が優しすぎるだけさ」
「それはその通りですね。だから2人は、あまり踏み込んだ質問をしない。…サクヤは分かってて飲み込んでそうですけど」
困ったように眉を寄せる。
無条件の信頼は、時に疑われるよりも辛い。
本人に負い目があるならば、尚更。
「でも、私もユウヤ先輩のこと、信用してません」
興味深そうに、少し顔をコトハの方へ向ける。
「へぇ…俺、何かしたかな」
「だって、ユウヤ先輩はサクヤに忠誠を誓っているわけじゃないでしょう」
その言葉にも、ユウヤの表情は変わらない。
感情が見えない。
「マリちゃんたちは、アスカのことを本当に大切に思ってる。きっと、命を投げ出せるほどに」
それが正しい形かは分からないが、忠誠を誓うということはそういうことなのだと思う。
「でもきっと、ユウヤ先輩はサクヤのためには死なない」
そう、恐らくユウヤは違う。コトハには、彼がサクヤを見つめる視線はどこか虚ろで、感情を殺しているようにも見えた。
「そんなことないと思うよ。俺は分家の人間だからね。当主の命令は絶対さ」
「命令が“なければ”、死なないんでしょう」
棘の含まれた問いだった。質問であり、どこか確信めいた言葉。思ったよりも食い下がる態度に、ユウヤはスッと目を細める。
「そんなに俺が気に入らない?」
「気に入らないとか、そういうわけじゃないです。私はただ、あなたに裏切られたらサクヤが悲しむから───」
「あぁ、そっか。君はサクヤが好きなんだね。恋愛的な意味で。だから俺のことを疑ってるんだろ?」
僅かに嘲るように告げられた言葉に、コトハは思わず立ち上がる。キッとユウヤを睨みつけると強い口調でこう告げた。
「確かに、サクヤのことが好きだったこともあります。でも、今は違う。サクヤは私の大切な“友人”です。それに、サクヤが悲しめばアスカも悲しむ。私は2人の辛そうな顔は見たくないんです」
一触即発。
厳しい顔つきのコトハと、飄々とした態度のユウヤ。
お互いの視線が火花を散らす。
そんな空気を打ち破ったのは、机の上に佇むアスカのスマホだった。
チリンッチリンッ、と響く鈴の音に、2人ははっと我に返る。コトハはディスプレイに名前が表示されているのを確認すると、部屋から出ていった。
***
コトハに呼び戻された2人はリビングへ戻って来ていた。アスカはスマホを手に取ると、着信元を確認する。
「え、アパタイト…?」
意外な名前に驚きの声をあげる。
彼女の方からコンタクトを取ってくることはほとんどない。まして電話なんて珍しい。
何か急用なのだろうか。
不安になりながら通話ボタンを押す。
「はい、アスカです」
『やっと繋がった…っ。アスカ、無事…?』
「え、えぇ。無事も何も、今日は特に危険なことはなかったけれど…」
焦ったような声色に困惑しながら、アスカは無事を伝える。
“アパタイト”という名前にハテナを浮かべたコトハは、隣のサクヤに小声で問いかける。
「アパタイトって誰だったっけ?」
「確か、アスカが贔屓にしている宝石店の人だったはずだよ。俺は行ったことないけど…ほら、七不思議の燐灰宝石店」
「あぁ…!機械仕掛けの…!」
七不思議と聞き、コトハは納得したように頷く。
「何かあったの?」
そんな会話を聞きながら、アスカはアパタイトへ問いかける。
『…ファイブロライトが落ちたの。警告の暗示よ』
ファイブロライトは、透明な見た目に、角度により光の線が浮かび上がる宝石だ。
そして石言葉に『警告』の意味を持つ。
アパタイトの神霊は、淡水を守る神・ピスキス。
彼女の魔式により、燐灰宝石店の宝石は石言葉による予知が可能だ。
今回ならば、『警告』という石言葉を持つファイブロライトが落下した。つまりこれから先、何かが起きるということを暗示している。
「警告…」
『今はこの暗示だけだから、誰に対しての警告かは分からないわ。でも、私の周りで何かあるとしたら、きっとあなたよ』
鋭い言葉に、スっと背筋が冷える。
何かが背後に忍び寄っているような不安。
『気をつけてね、アスカ。きっともう、運命は動き始めているわ』