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Episode:Eight ✩ 守人




桜木コトハ。
アスカとサクヤの幼なじみにして、“一般人”。
魔式保持者ではないものの、所持している魔力量は多く、2人にとっては警護対象である。
小学生の時に2人と出会い、以来、親友として隣にいた存在。魔法・魔術師には必要以上に深入りしない、翠蓮町の住人、というのが2人の認識だった。

しかし、今目の前にいる少女はこう名乗った。
“守人”と。


「どういうことか、説明してくれませんか。コトハ先輩」


警戒を滲ませ、構えを解かないマリ。
彼女たちにとって、守人とはただの封印の守護者ではなかった。


「守人は、《戦争》を唆した…いわば主導者です」


厳しい視線を受止め、コトハは顔を歪ませ笑う。


「やっぱり、そう思ってるよね」


その言葉には、少しの落胆と悔しさが滲んでいた。
しかしそれを振り切ると、コトハは手錠をかけられる前のように、手を差し出した。


「みんなが私のことをどんな風に見てるかは分かってる。だから拘束でもなんでも受け入れるわ。でも、どうか私の話を聞いて欲しい」


まっすぐアスカを、そしてサクヤを見つめる。
その眼差しは真剣で、清らかで。
とても敵の眼差しとは思えなかった。


「拘束なんて、必要ないわ」


サクヤの後ろから、力強い声が響く。
アスカは握られていた手をするりと離すと、軽く目配せをする。それを受け、確信する。彼女たちの絆を。


「私はコトハを信じてるから」


宣言され、目を見開く。
アスカにとって、守人は自分を追い詰めた存在だ。
結界が破られなければ、“依代”になる必要はなかった。《戦争》が起きなければ、両親を失うことは無かった。なのに。


「本当に、優しすぎるよ」


歪んだ微笑みは、苦しそうで、でも嬉しそうで。
コトハはサクヤに視線を移すと諦めたように言った。


「私が何かしようとしたら、躊躇わず攻撃してね。アスカは絶対に止めてくれないから」


「あぁ、わかってる。でも、俺もコトハのことを信じてるから」


釘を指したつもりだったのに、同じように言いきられて思わずたじろぐ。
正体を隠していた後ろめたさがある手前、彼らの真摯さが眩しかった。


「聞かせて。コトハの知ってること」


「…えぇ。ありがとう」


炎が映す影が揺らめく。
アスカの言葉を受けて構えを緩めた冬路姉妹と、未だ緊張感をたたえるユウヤもそろって彼女の言葉を待った。


「きっと、みんなが知っている事実と私が話す真実は違う。それでも、最後まで聞いて欲しいの」


コトハは目を伏せる。
これから話すことの不安を切り捨てるように。
視線を上げ、息を吸う。


「まず始めに伝えておきたいのは、“《戦争》を主導したのは桜木家の守人ではない”ということ」


場に緊張が走る。
桜木家の守人ではない。つまり、他の守人がいるというのだろうか。


「守人は、代々桜木家の者が受け継いでいるお役目。知っての通り封印の守護を任されているわ」


ちらりと儀式台に目を向けるコトハ。


「でも、守人が“誰なのか”は魔法師にも魔術師にも伝えられない。封印の場所を秘匿するために。だからこそ、誰が守人を名乗ったとしても、真偽を確かめる術はないわ」


そこまで口にしたコトハは、気持ちを押し込めるように息をつく。緩く噛まれた唇から感情が零れる。


「私たちは封印が解かれた4年前、その偽の守人に監禁されていたの。正体は未だに分からないけど、突然現れた…あいつに」


握られた拳には悔しさが滲み、鋭くなった視線がアスカを貫いた。


「守人は基本、当主様方にだけ手紙を送るの。封印が崩壊したことを知らせる手紙を持って行ったのもあいつよ。わざわざお父さんに用意させてね。だから他の人は、あいつが偽物だと思わなかった」


「でも、4年前…コトハ先輩は学校にいましたよね?」


マリはその気迫に押されることなく問いかける。
それに対する答えは肯定だった。


「えぇ。学校に行かないと疑われるから、私だけはここからの出入りが許されていたの。でも、両親がここに人質として捕まっていたから…私は…」


儀式台の奥、恐らく彼らが捕まっていたであろう場所を一瞥する。
自由がある。しかし自分にはどうすることも出来ない状態が、彼女にとってどれだけ悔しいことであったかは想像にかたくない。


「それからも、あいつは守人のフリを続けた。きっと《戦争》を起こすために。どんな目的があったかは分からないけれど、結果として《戦争》は起きてしまった」


握られた拳が、緩やかに解かれる。
憂いを纏う瞳は地面へと吸い寄せられていった。


「それと同時に、私たちの監禁も解かれたわ。それでも、もう《戦争》は始まる寸前だったから止めようがなかった。だけどお父さんたちは〈鏡里〉へ向かった。自分たちの過ちを償うために」


「そうか…事故だって言ってたのは…」


痛みをこらえるように顔を歪ませるサクヤ。
守人だと知られてはいけない当時の彼女は、サクヤたちに真実を伝えることができない。


「うん、そういうこと。私に守人のお役目を託していったお父さんたちは、帰ってこなかった。もちろん他の人と同じように死体もない」


俯いた顔を上げたコトハは、苦しそうな笑顔を浮かべていた。


「それからは、私がお役目を引き継いだ。1年前に封印崩壊を知らせる手紙を2人に送ったのも、私」


コトハとて、その手紙を送るのは苦しかっただろう。
二度と起こさないと決意したことが、こんなにも早く起きてしまった。そしてアスカを苦しめてしまうとわかっているのに、その事実を伝えなくてはいけない。

彼女の苦しみを間近で見てきた、自分が。


「これが、私の知っている真実。…改めて、謝らせてほしい。ずっと騙していて、ごめんなさい」


そう言い、深々と頭を下げる。
短い沈黙。それを破ったのはマリだった。


「さっき、“誰が守人を名乗ったとしても確かめる術はない”っておっしゃってましたよね。それなら、コトハ先輩が本物かどうかはどうやって証明するんですか」


彼女は強い。
アスカやサクヤが無意識に逃げていることにも、躊躇いなく踏み込める。彼女自身も、それが自分の役目だと自負しているから。

鋭い指摘を受けたコトハは頭を上げ、考えるように軽く目を伏せる。そして視線を上げて儀式台の奥を見ると、アスカたちに着いてくるよう促した。


儀式台の左側。その奥はさらに続く洞窟となっており、コトハが壁の松明に火を灯すと、両側に本棚が姿を現した。洞窟の壁を掘った本棚に並ぶ数多の本。少し歩くと通路のようだった場所から開けた空間に出た。その部屋も変わらず壁の両面は本棚で、真ん中には石の机、同じく石の椅子が3つ、それぞれ異なる座布団が置かれている。机の上には乱雑に置かれた本や巻物。ここで彼女が必死に何かを調べていたことが予想できる。


「なんだ、これ」


マリミリの後ろから着いてきていたサクヤが、思わずと言ったように声を漏らす。


「こんな書物、見たことない…」


感覚で物事を見るアスカに対して、サクヤは読書家である。湊ノ家の書庫の本を趣味で(アスカを助けるという意味もあるが)読破してしまうほどには本を愛し、詳しい。
そんなサクヤだからこそ、自分が知らない書物があることが信じられなかった。


「ここには、守人に関することや結界に関する書物があるの。…やっと、あなたに渡せる」


後半の呟きは少し湿っていて、彼女がどれだけサクヤにこの書物たちを渡したかったかが伺えた。


「さっきのマリちゃんの指摘はごもっとも。私だって、守人を証明する術はない。…ただ」


コトハは本棚の一角で止まり、1冊の本を手に取った。その表紙には、彼女の名が記されていた。

“桜木”と。


「これは、桜木家が守人であることの唯一の証明。正確には、ここに書かれている記述が証明になる」


机の上に本を置き、パラパラと頁を捲る。
本を囲むようにして覗き込む彼らに、1つの記述を指さした。


「これは桜木家の神霊に関する記述。私たち守人は他の魔式保持者と違って、同じ神霊を喚び出すの」


「一種の“継承”、か」


「はい。私も、《戦争》が終わってから召喚を行いました」


ユウヤの呟きに頷くコトハ。
そして視線を本へと戻す。


「桜木家に継承されている神霊は、オルス。植物を司る神で、癒しの力を得意としているわ。そして、この結界を張るためになくてはならない存在」


記述にはこうある───

結界とは、封印を外側から破られないようにするための壁である。儀式の場と守人、そしてオルスという神霊がいてはじめて結界を張ることが出来る。
始まりの代に契約したことで、オルスを喚ぶことができるのは桜木家の人間だけとなっている。

───と。


コトハは小さくその名を呟く。
するとふわりと桜色の光が舞い、神霊が姿を現した。

姿を隠していたアゲハの羽がふぁさりと開かれると、若葉色のドレスがふわりとはためく。
淡いグリーンの髪は毛先に向かって濃くグラデーションになっている。
最も特徴的なのは、瞳。
左側の瞳は翠、右側の瞳は蒼。オッドアイだ。
しなやかな羽ばたきに合わせて、エメラルドの輝きが舞う。


「彼女が、オルス。代々桜木家と共にいる…神霊。そして私が守人である唯一の証明でもある」


ふっ───と、空気に溶けるようにその姿が消える。
コトハは輝きを掴むように手を伸ばすが、何も掴めない。小さな嘲笑は、悲しそうに揺れていた。


「だけど、この記述自体が嘘の可能性もある。だから結局は、信じてもらうしかないわ」


ゆっくりと本を閉じると、サクヤに手渡す。
それは、本とコトハの処分を彼に預けるということでもあった。
受け取ったサクヤは、じっと表紙を見つめている。


「あなた達がどんな処分を命じても、私は抵抗しない。封印を守れなかった時点で、私は罪人だもの。だからお願い。当主として、公平に判断して」


お願い───。

その言葉が、酷く突き刺さる。
処分を決めろと言っているはずなのに、なぜだか懇願の響きを持っているように聞こえたから。

真っ直ぐ注がれる視線は、以前と変わらない。
守人としての覚悟は見える。しかし、その奥の温かさは“友達”のコトハで。


「わかった。コトハの処分は、私が決めます」


ゆっくりと頷くと、アスカはサクヤを振り返る。


「それで、いい…?」


「あぁ。お前に一任する」


間髪入れない答えに小さくお礼を言うと、またコトハに向き直る。
覚悟を決めたように見えるが、立ち振る舞いからは傷ついたような雰囲気を感じる。自分は何も知らないことで、親友をこんなにも追い詰めてしまっていたのだ。ひとつ頷くと、コトハは顔を伏せる。斬首を待つ、罪人のように。

静かに目を閉じる。この処分を言い渡したら、彼女はどのような反応をするだろうか。


「あなたに与える罰は───」


目を開ける。
1歩、2歩。
ゆっくりと近づいたアスカは、コトハの目の前で止まった。
そしてふわりと微笑むと、こう告げた。


「星導家の傘下に入ること」


思わぬ言葉に、コトハは勢いよく顔を上げる。泣きそうな表情は、やがて責めるように歪められた。


「なに、言って…っ」


「魔法師になれって言ってるわけじゃないわ。ただ守りたいから、目の届くところにいて欲しいの」


「違う…そういうことじゃ」


「あ、でもコトハの家は魔術師のテリトリーにあったっけ…。コトハが良ければ、うちに───」


「アスカ…っ!」


キンッ───と響く訴えに、アスカは言葉を止める。
彼女が何を求めているかは何となくわかっていた。
わかっていて、与えなかった。


「私は、ずっと騙してた!あなたを追い詰めた!一番辛い時、見ないフリをした!なのに…っ」


勢いよく肩を掴む。それでもアスカは動じなかった。


「なのに…どうして私に優しくするの…!?」


背後で構える双子を手で制す。
揺れるシトリンの瞳を真っ直ぐ捉えるが、何も口にはしない。


「私は守人よ。利用しようと思えばいくらでも利用出来る。あなたに比べれば全然だけど、魔力だってある。生贄にすれば、あなたはまた魔法師に戻れるの。私は…っ、あなたのために犠牲になるなら本望なのよ…!?」


“あなたのために犠牲になるなら本望”
その言葉に、思わず眉を下げる。
今朝サクヤに言われた言葉とよく似ている。
アスカにとって、彼らは献身的すぎるように見えた。


「どうして責めてくれないの…っ。どうして、償わせてくれないの…」


肩を掴む手が震えている。
顔を伏せ、ゆるゆると首を振るコトハは今にも泣き出しそうだった。


「コトハは、ずっと“騙してた”って言ってるけど…」


左肩に乗せられた手をそっと包む。
松明に照らされた表情は、嬉しそうだった。


「私はそうは思わない。それに、追い詰められたとも思ってないわ」


「アスカは、優しいから…」


「そんなことないわよ。それに、コトハはずっと私を支えてくれてた」


え、とコトハは驚いて顔を上げる。
目に映るアスカは、柔らかく微笑んでいた。


「学校でサクヤを避け始めた時、何も聞かずにそばにいてくれた。急に態度を変えた私に、それでも変わらず接してくれた。…それでどれだけ、救われたか」


アスカは優しく抱きしめる。
肩に顔を埋めると、少し恥ずかしそうに告げた。


「私…コトハがいてくれて、本当に良かったって思ってる。大好きで、大切な親友だから」


静かに息を飲む。
背中に腕を回すことを躊躇い宙を彷徨う手をグッと握ると、ふっと顔を背けた。


「そんなこと、言わないで…。許してもらえるんじゃないかって思っちゃう」


「許すもなにも…。言ったでしょ。私は騙してたとも、追い詰められたとも思ってない。コトハの罪は…強いて言うなら、全部1人で抱え込んだことかな」


「それ、アスカが言うの…っ」


コトハは肩越しにサクヤを見つめる。


「ねぇ、本当にいいの?私このままじゃ、無罪も同然よ」


「二言はないよ。お前の処分は、アスカに一任してる。それに、無罪ってわけでもないだろ。これからはもう、アスカに隠し事は出来ないからな」


からかうようにニヤリと笑われ、コトハは目を見開く。サクヤが本当に反対していないのを悟ってしまったから。
つくづくこの2人はコトハに甘い。
優しすぎて、どうしたらいいか分からなくなる。


「本当に、後悔しない…?ここで処分しておけばよかったって、思わない…?」


「思わないよ。絶対」


力強い言葉だった。
そこに迷いは無い。

恐る恐る、その背に腕を回す。
ぎこちない動きで抱き締め返した。


「本当はずっと、あなたの力になりたかった」


「うん」


「隣で、戦いたかった…」


「うん」


「泣いてるあなたを、抱きしめたかった…っ」


「ずっとそばにいてくれたよ。それだけで、充分」


ぎゅっと腕に力が入る。
それはずっと、彼女が望んでいたこと。


「ごめんなさい…ごめんなさい、アスカ。ずっと苦しんでたのに、私…私、は…っ」


「いいよ。もういいんだよ、コトハ。ずっとそばにいてくれて、ありがとう」


ポロポロとこぼれる涙がアスカの肩を濡らす。
誰にも身の上を話せず、一番助けたい人を苦しめた。
彼女が背負う罪悪感は計り知れない。
だからこそ、アスカに断罪してもらおうと思ったのだろう。そうすることで、罪悪感を捨てられるから。

分かっていたけれど、アスカはコトハを切り捨てられなかった。もちろんそれは親友としての気持ちはあるけれど、当主として公平に判断したつもりだ。
冷酷な当主なら、守人の役割を果たせなかった時点で切り捨てるのだろうが、生憎アスカもサクヤもそうではない。不安な中、必死に役目をこなそうと努力していた彼女を捨てられるわけがない。

コトハの泣き声が響く洞窟で、本当の意味で親友と分かり合えた彼女らを見つめるサクヤは、嬉しそうに微笑んでいた。




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