営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
第一話 終わりと始まり
「……は? もう一回言っていただけますか?」
昼休み前の企画部は、コンペの締め切り前だからか、いつもより少し騒がしかった。
営業から飛んでくる修正依頼に、鳴り続ける内線。誰かが急ぎ足でフロアを横切っていく。
その喧騒から切り離されたような半個室の打ち合わせスペースで、わたしの声だけがやけに大きく響く。だけど、それを気にしていられる余裕はない。
「今伝えた通り、来月から鮎川は営業部へ異動になる」
「営業……?」
株式会社エッジコア。
商業施設の販促企画や企業イベントを手掛けるプロモーション会社で、わたしは企画部に所属している。
ここに配属されて五年。大きな案件こそ任されないが、それでも地道に実績は積んできた自信がある。
それなのに、なんでわたしが営業に……。そう思いかけて、はっと気がつく。
「転属って……まさか、あの件のせいですか」
企業イベントは、ただ人を集めればいいわけじゃない。
人の視線と感情の流れを設計する。それがわたしの仕事だ。ほんの一枚のスライド順で、伝わり方は変わる。
だけど、あの会議の日。提出したはずの資料がスクリーンに映し出されたとき、一瞬だけ違和感が走った。
本来なら感情が上がるはずのタイミングが、わずかにずれている。
気づいたときにはもう遅くて、発表者として名前を呼ばれたのは、わたしではなく後輩の浦沢さんだった。
わたしの考えた企画を、奪われている……。
その場で指摘しかけて、口を閉じた。
確信はある。けれど、証明ができない。
会議後に問い詰めても、浦沢さんはしらを切った。
課長に訴えても、証拠が弱いの一点張りで取り合ってもらえず。そして数ヶ月後の今日、わたしには営業部への異動辞令が下りた。
「でもあの件は……」
「それは違う」
それ以上は口にするなとでもいうように、課長は手のひらをこちらへ向けてわたしを止めた。
言いかけた言葉を、ぐっと飲み込む。
「その件は一切関係ない。だが、辞令は既に下りた」
「……っ」
「引き継ぎは迅速に進めるように」
課長はそれ以上何も言わず、手元の書類に視線を落とした。
顔を上げないのは、わたしを見たくないからなのか。それとも、見られないからなのか。
力なく自分のデスクに戻ると、待ち構えたように立っていた浦沢さんが、意味ありげに微笑んだ。
「鮎川さん、課長からなんのお話だったんですか?」
答える気になれず、無言のまま椅子に腰を下ろしてパソコンを立ち上げる。指先がわずかに重くて、キーに触れるたびに鈍い感触が残った。
画面を開いた瞬間、息が止まりそうになった。
スライドの並びは同じなのに、流れの重心だけがずれて見える。
……でも、気のせいかもしれない。
「営業に異動されるんですよね?」
驚いて振り返ると、浦沢さんがにこやかに画面を覗き込んでいる。視線が気になり、慌ててノートパソコンを閉じた。
昼休み前の企画部は、コンペの締め切り前だからか、いつもより少し騒がしかった。
営業から飛んでくる修正依頼に、鳴り続ける内線。誰かが急ぎ足でフロアを横切っていく。
その喧騒から切り離されたような半個室の打ち合わせスペースで、わたしの声だけがやけに大きく響く。だけど、それを気にしていられる余裕はない。
「今伝えた通り、来月から鮎川は営業部へ異動になる」
「営業……?」
株式会社エッジコア。
商業施設の販促企画や企業イベントを手掛けるプロモーション会社で、わたしは企画部に所属している。
ここに配属されて五年。大きな案件こそ任されないが、それでも地道に実績は積んできた自信がある。
それなのに、なんでわたしが営業に……。そう思いかけて、はっと気がつく。
「転属って……まさか、あの件のせいですか」
企業イベントは、ただ人を集めればいいわけじゃない。
人の視線と感情の流れを設計する。それがわたしの仕事だ。ほんの一枚のスライド順で、伝わり方は変わる。
だけど、あの会議の日。提出したはずの資料がスクリーンに映し出されたとき、一瞬だけ違和感が走った。
本来なら感情が上がるはずのタイミングが、わずかにずれている。
気づいたときにはもう遅くて、発表者として名前を呼ばれたのは、わたしではなく後輩の浦沢さんだった。
わたしの考えた企画を、奪われている……。
その場で指摘しかけて、口を閉じた。
確信はある。けれど、証明ができない。
会議後に問い詰めても、浦沢さんはしらを切った。
課長に訴えても、証拠が弱いの一点張りで取り合ってもらえず。そして数ヶ月後の今日、わたしには営業部への異動辞令が下りた。
「でもあの件は……」
「それは違う」
それ以上は口にするなとでもいうように、課長は手のひらをこちらへ向けてわたしを止めた。
言いかけた言葉を、ぐっと飲み込む。
「その件は一切関係ない。だが、辞令は既に下りた」
「……っ」
「引き継ぎは迅速に進めるように」
課長はそれ以上何も言わず、手元の書類に視線を落とした。
顔を上げないのは、わたしを見たくないからなのか。それとも、見られないからなのか。
力なく自分のデスクに戻ると、待ち構えたように立っていた浦沢さんが、意味ありげに微笑んだ。
「鮎川さん、課長からなんのお話だったんですか?」
答える気になれず、無言のまま椅子に腰を下ろしてパソコンを立ち上げる。指先がわずかに重くて、キーに触れるたびに鈍い感触が残った。
画面を開いた瞬間、息が止まりそうになった。
スライドの並びは同じなのに、流れの重心だけがずれて見える。
……でも、気のせいかもしれない。
「営業に異動されるんですよね?」
驚いて振り返ると、浦沢さんがにこやかに画面を覗き込んでいる。視線が気になり、慌ててノートパソコンを閉じた。
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