営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 凜に手招きされるまま、そちらに向かった。
 真正面から向き合うと、間違えるはずがない。やはりあの夜のタクマさんだった。
 ……だけど、紬で出会った砕けた雰囲気の男性と、目の前の不機嫌そうなこの人が、どうしても同じ人間に思えなかった。

「企画部から異動してきた鮎川美月さんです。課長からも話は通ってますよね。しばらく穂積さんの下で鍛えて欲しいって」
「あの、初めまして……」

 初めましてと言って良いのかわからないまま、挨拶をしかけたとき、その人は面倒くさそうに口を開いた。

「ああ。聞いてるけど……俺の下に新人をつけても仕方ねえだろ」

 あの夜と同じ声音なのに、温度だけが違う。
 その冷たい言葉の響きに身体が固まりそうになる。
 凜が慌てたように口を挟んだ。

「ちょっと、穂積さん」
「鍛えろって言われても、自分の頭で学ぶ以外にできることがないのが営業じゃないのか」
「…………っ」

 どう言葉を発していいのかわからず視線を伏せそうになったとき、同時に、この人に負けたくないという、どうしようもない苛立ちが胸を熱くした。
 
「あの!」

 唾を飲み込んで、顔をしっかりと上げた。

「企画部から配属になりました、鮎川美月です。営業は新人ですが、仕事は見て覚えますので、先輩(・・)にご迷惑はかけません」

 先輩という言葉に嫌味を込め、目をそらさず堂々と伝える。その人は、記憶の中とよく似た顔の、けれどまったく違う冷たい表情で不敵に笑った。

「言葉だけなら何とでも言えるよな」

 まるで揚げ足をとられたような言葉に、つい言い返す。

「……行動で証明します」
「そ。なら、せいぜいがんばって」
「言われなくとも」

 営業部に来た初日。
 わたしは、穂積拓真という人と真っ向から睨み合っていた。
< 10 / 101 >

この作品をシェア

pagetop