営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
「ええっ。穂積先輩の下なら僕が付きたかったなあ」
斜め向かいの席から、急に声を掛けられた。そちらを見ると、わたしよりも少し若そうな童顔の男性が口を尖らせていた。
「安藤くんは十分独り立ちしてるでしょ」
「それでも羨ましいよ。あ、僕は安藤です。よろしく」
「鮎川です。よろしくお願いします。あの……穂積さんってそんなにすごい方なんですか?」
「去年、全社トップ取ってるからね。ぶっちぎりで」
「なるほど……」
期待よりも先に、不安が広がる。そんな自分に気がつかないふりをして、端末を開いた。
午前中は、凜から渡された案件の資料をひたすら読み込んだ。
企画部にいたときにも目にしたことのあるものばかりのはずなのに、視点が変わるだけで、見え方がまったく違う。
クライアントの意図や、狙っているターゲット層。
それをどう提案として組み立てていくのか。
「あ、ここにも穂積さんの名前……」
彼の資料は、売り上げの桁が違った。
提案内容は派手でも特別でもない。なのに、結果だけが異様に伸びている。
……こんなことが、自分にもできるようになるのだろうか。
不安になるけど、ここで引いたら企画部に戻る芽はきっとなくなる。
唇を噛みしめ、もう一度ページをめくった。
午前の業務が一段落した頃、コーヒーを飲んでいると、フロアの空気が少し変わったことに気がつく。
誰かが戻ってきたらしい。
入口の方に視線が集まり、数人が小さく声を掛けている。
「お疲れ様です、穂積さん」
その名前に、手元のペンが止まった。緊張で騒ぐ胸を抑えながら顔を上げると、背の高いスーツ姿の男性が、営業部のフロアを横切っていた。
誰かに呼び止められるたび、短いやり取りだけで話が進んでいく。
それだけで、この人が営業部の中心にいる人間なのだとわかった。
……なんて挨拶をしよう。初対面で失敗はしたくない。
考えがまとまらず、視線を手元に落とした。
「穂積さん、お帰りなさい」
「ああ」
凜の言葉に、低く短い返事が聞こえる。
「先輩、今日どうでした?」
「安藤くん、ちょっと待って。先に鮎川さんを紹介するから。美月、大丈夫?」
「あ、はい。もちろんです」
立ち上がって、その人を見た。
その瞬間、記憶の中にまだ残っていた、紬で出会った男性の顔が重なる。
……嘘。
なんで、この人がここに……?
そう思っても、声にならなかった。
斜め向かいの席から、急に声を掛けられた。そちらを見ると、わたしよりも少し若そうな童顔の男性が口を尖らせていた。
「安藤くんは十分独り立ちしてるでしょ」
「それでも羨ましいよ。あ、僕は安藤です。よろしく」
「鮎川です。よろしくお願いします。あの……穂積さんってそんなにすごい方なんですか?」
「去年、全社トップ取ってるからね。ぶっちぎりで」
「なるほど……」
期待よりも先に、不安が広がる。そんな自分に気がつかないふりをして、端末を開いた。
午前中は、凜から渡された案件の資料をひたすら読み込んだ。
企画部にいたときにも目にしたことのあるものばかりのはずなのに、視点が変わるだけで、見え方がまったく違う。
クライアントの意図や、狙っているターゲット層。
それをどう提案として組み立てていくのか。
「あ、ここにも穂積さんの名前……」
彼の資料は、売り上げの桁が違った。
提案内容は派手でも特別でもない。なのに、結果だけが異様に伸びている。
……こんなことが、自分にもできるようになるのだろうか。
不安になるけど、ここで引いたら企画部に戻る芽はきっとなくなる。
唇を噛みしめ、もう一度ページをめくった。
午前の業務が一段落した頃、コーヒーを飲んでいると、フロアの空気が少し変わったことに気がつく。
誰かが戻ってきたらしい。
入口の方に視線が集まり、数人が小さく声を掛けている。
「お疲れ様です、穂積さん」
その名前に、手元のペンが止まった。緊張で騒ぐ胸を抑えながら顔を上げると、背の高いスーツ姿の男性が、営業部のフロアを横切っていた。
誰かに呼び止められるたび、短いやり取りだけで話が進んでいく。
それだけで、この人が営業部の中心にいる人間なのだとわかった。
……なんて挨拶をしよう。初対面で失敗はしたくない。
考えがまとまらず、視線を手元に落とした。
「穂積さん、お帰りなさい」
「ああ」
凜の言葉に、低く短い返事が聞こえる。
「先輩、今日どうでした?」
「安藤くん、ちょっと待って。先に鮎川さんを紹介するから。美月、大丈夫?」
「あ、はい。もちろんです」
立ち上がって、その人を見た。
その瞬間、記憶の中にまだ残っていた、紬で出会った男性の顔が重なる。
……嘘。
なんで、この人がここに……?
そう思っても、声にならなかった。