営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 話が終わったのか、穂積先輩がこちらに向かって歩いてくる。
 近づく足音に、肩のあたりが無意識に強張った。

「おはようございます」

 立ち上がって頭を下げると、穂積先輩はわたしの机の上に広げられた資料へ視線を落とした。

「……朝からずいぶん広げてるな」
「昨日いただいた案件の資料です。関連しそうな実施事例も確認しておいた方がいいかと思って」
「全部読んだか?」
「はい。一応は」
「一応、で済ませるな。先方の業界動向と競合比較くらい、頭に入れておけ」

 冷たいけれど、その言葉のどこにも嘲る響きはなかった。ただ、甘やかす気がないだけだ。

 悔しい。けれど腹が立つ以上に、見抜かれている気がした。
 わたしは昨夜遅くまで資料を読んだ。それでも、読み込んだという達成感だけで、肝心の中身を自分の言葉で説明できるところまでは落とし込めていない。
 返す言葉に悩んでいると、こちらをじっと見つめる彼と目が合い、どきっとした。

「……九時からの商品会議、お前も来るか?」
「えっ、いいんですか?」

 また何か怒られるのかと思えば、思ってもみない提案だった。

「嫌なら別にいい」
「行きます!」

 ほとんど反射で言い返すと、穂積先輩と視線がぶつかる。
 その目が、ほんの一瞬だけ何かを言いたそうに細められた。
 けれどすぐに、何もなかったみたいに元に戻る。

「じゃ、あとで」
「……はい」
「それから」

 背を向けかけた穂積先輩が、机の端を指先で軽く叩いた。

「資料はそんなふうに広げるな。必要なものが一目で取れない」

 それだけ言って、今度こそ離れていく。
 残されたわたしは、机の上いっぱいに広げた紙の束を見下ろして、そっと唇を噛んだ。

 言い方が感じが悪い。本当に、びっくりするくらい感じが悪い。
 なのに反論できないのは、その言葉が的確だとわかっているからだ。

 散らばっていた資料をまとめ直しながら、負けるもんかと去って行く後ろ姿を見つめた。
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