営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
音羽さんは静かな声のまま続けた。
「あなたも知っている通り、穂積くんは本当に優秀でしょう? いろいろ行き違いがあって、退職してしまったけれど、最近はようやく、少しだけ話せるようになってきたの」
「……そう、ですか」
頭に浮かぶのは、穂積先輩の部屋を訪れた、あの夜のことだった。
初めてわたしが音羽さんと会った日には、あんなにも彼女を拒絶していたのに、いつの間にか部屋を訪れるまでに二人の関係は変化していた。
先輩は、恋人はいないとあのとき教えてくれたけど、彼女との間に何があるかまではわからない。
「本当のことを言うとね、一時期、彼はわたしの婚約者候補として名前も挙がっていたのよ」
「……婚約者……?」
頭の中が真っ白になり、オウム返しにその単語を繰り返してしまう。
なんとなく、これ以上彼女の言葉を聞いていたくない。そう思うのに、足が床に沈んだように動けなかった。
そんなわたしの反応を意に介さず、音羽さんは続けた。
「ああ、昔の話ね。さすがに今はそんな時代じゃないし。……でも、わたしなら彼に与えてあげられると思うの。
他の会社ではできない大きな仕事も、人が羨む地位も、もちろん名誉も」
その言い方に押し付けがましさは感じない。けれど、そこには自分が与える側の人間だと疑っていない静かな強さがあった。
「ねえ、穂積拓真には、それだけのものを受け取る価値があると思わない?」
すぐには返事ができなかった。
そんな風に考えたこともなかったからだ。
わたしにとっての穂積先輩は、厳しくて、仕事ができて──いつもちょっと不機嫌な人。
だけど本当の顔は、面倒見がよくてやさしい、器の広い人。
だけど彼女は、きっと全然違うものを見ている。
穂積先輩の能力と、その可能性。
一人の男性というより、才能そのものを見つめているみたいに。
「あなたも知っている通り、穂積くんは本当に優秀でしょう? いろいろ行き違いがあって、退職してしまったけれど、最近はようやく、少しだけ話せるようになってきたの」
「……そう、ですか」
頭に浮かぶのは、穂積先輩の部屋を訪れた、あの夜のことだった。
初めてわたしが音羽さんと会った日には、あんなにも彼女を拒絶していたのに、いつの間にか部屋を訪れるまでに二人の関係は変化していた。
先輩は、恋人はいないとあのとき教えてくれたけど、彼女との間に何があるかまではわからない。
「本当のことを言うとね、一時期、彼はわたしの婚約者候補として名前も挙がっていたのよ」
「……婚約者……?」
頭の中が真っ白になり、オウム返しにその単語を繰り返してしまう。
なんとなく、これ以上彼女の言葉を聞いていたくない。そう思うのに、足が床に沈んだように動けなかった。
そんなわたしの反応を意に介さず、音羽さんは続けた。
「ああ、昔の話ね。さすがに今はそんな時代じゃないし。……でも、わたしなら彼に与えてあげられると思うの。
他の会社ではできない大きな仕事も、人が羨む地位も、もちろん名誉も」
その言い方に押し付けがましさは感じない。けれど、そこには自分が与える側の人間だと疑っていない静かな強さがあった。
「ねえ、穂積拓真には、それだけのものを受け取る価値があると思わない?」
すぐには返事ができなかった。
そんな風に考えたこともなかったからだ。
わたしにとっての穂積先輩は、厳しくて、仕事ができて──いつもちょっと不機嫌な人。
だけど本当の顔は、面倒見がよくてやさしい、器の広い人。
だけど彼女は、きっと全然違うものを見ている。
穂積先輩の能力と、その可能性。
一人の男性というより、才能そのものを見つめているみたいに。