冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
――聖女は地上に発生する瘴気と呼ばれる穢れた魔素を浄化し魔物化した生物を本来の姿へと戻す。

大聖女と聖女の違いは浄化領域の広さを決定すると言われる聖力の保有量であった。

広域浄化が出来る者を大聖女と呼び、シルドバーニュでは平和の象徴として身分問わず王妃に据える慣習を持つ。

実際に現王妃の大聖女はヒストリアの婚約者であるベルナルド王子の母親で、彼女は平民の出だ。

教会の儀式で三歳で正式な判定を受け、王宮で保護され以降は慣れない環境に身を置きながらも聖女の力を発揮し年の近い現国王の伴侶として淑女教育をはじめ王妃教育に邁進し、今や国一番の淑女として公務も大聖女としての勤めも立派に果たしているらしい。

王妃は常にシルドバーニュの民を想い、まさに国母の名に相応しい美しい精神を持つ女性である。

そんな母親を見て育ったからか、ベルナルド殿下もまた自身を律することを怠らず、清廉潔白な王子として成長し努力という言葉を誰よりもヒストリアに求めた。


「お待ちください!」

春の日差しが柔らかに差し込むシルドバーニュ宮廷内庭園。

紅茶を給仕していた年若いメイドの肩が小さく跳ねた。
あからさまに戸惑いの色が漏れていたメイドを睨みつけ、すぐさま上背の高い男を呼び止めた。
しかし振り返って向けられた視線は冷ややかなものだった。

声音には一抹の憐みすらない。
男の名はシルドバーニュ王国の第一皇子、べルナルド・アルバスト・シルドバーニュ。

婚約者であるベルナルド殿下との交流を深めるため定期的に設けられている茶会に響いた甲高い声。

今に始まった話でないが、今回も始まって早々に中断された。

定例の茶会に現れた殿下が着席してすぐ、ヒストリアが不満を口にしたのが原因である。

現在王都の学園内で広まっている陰口に対処して然るべきだと訴えたのだが、どうやらそれで殿下の機嫌を損ねてしまったのだ。

伝えた言葉は正しいはずだった。
しかし返ってきたのは叱責のみ。

理解しかねる返答は初めてではなかったが、それでも胸の内には揺れるものがあった。

庭園から立ち去ろうとする後ろ姿を追ってすかさず立ち上がったヒストリア・フランドールは続けて悲痛な思いを訴えた。

「どうして分かって下さらないのですかっ……!」

殿下は立ち止まったが、しかしほっとしたもつかの間。

「悪いが君とは話にならない」
その一言に喉元がカッと熱くなる。

「一体なぜですか!?」
「分からないのか?」

「えぇ。分かりませんわ。いまだにあの噂が流れているのです。殿下は私よりもエリザベートお姉様に心を預けられていると。きっとお姉様を支持するご令嬢達ですわ!」

「その噂なら公の場で私の婚約者は君だと表明しただろう。それに君の姉君も噂を否定している。それでもどこからともなく再び湧く噂など、もはやどうでもいい」

「そんなっ……」

「私は君が動揺する度に考えさせられる。荷が重すぎるのではないかと。以前からこちらの意思は伝えているはずだが君は一体何ができている?」

「それは……」

「ヒストリア。今一度言うが、婚約者としての立場を理解しているのなら、少しは自らで解決する姿勢を示してもらいたい」

殿下の声は澄んでいて、とても冷たかった。


「…………あんまりです。私が令嬢達をまとめ上げることもできない無能だと、そうおっしゃりたいのですね……」

視界が揺れた。
頬を伝うものに気づき、僅かに唇を噛んだ。
これ以上聞くと我慢できないかもしれない。

「論点が違う。私が言っているのは努力の有無だ」

「努力はしています!」

「そうだろうか。将来王妃となる者が根拠のない噂ごときにたびたび反応していては、君についてくる者などいない。王家はこの国に住む者たちに支えられ成り立っているが、彼らに道筋を示し支えるのもまた王族としての責務。まして君は大聖女だろう」

返ってきた言葉に攻撃されたと頭が認識し眩暈がした。
殿下の言葉はあまりにもヒストリアの期待から遠いものだったのだ。

「ヒストリア。君は聖力の保有量に対しコントロールが未だ不安定だと聞く。大聖女教育はどうなっている?昨日は体調不良で登城できないと伝達があったらしいが、この茶会には出席できるのだな」

矢継ぎ早に問われ唇を嚙みしめるほかなかった。

何度だって確かめたかっただけなのだ。

”君が心配する必要はない”と、その一言で憂いは晴れただろうが、現実はそう甘くないらしい。

殿下曰く、王妃たるもの、聖女たるもの、そう要求され続け、ヒストリアの頭の中には何故この人は慰めてくれないのかという思いばかりが駆け巡る。


涙腺からは静かな涙が頬を伝った。
一つ零れれば、また一つ。

本当は声を上げて泣きたかったが、それは家に戻ってからだ。
何度もこういったやり取りを繰り返していれば、さすがに自覚していた。

姉の真似をして情に訴えようと泣いたって構ってくれない。
本当に涙しても同じこと。
姉との違いがヒストリアにはいまだに理解できないでいるが、煩わしいと一蹴されるだけで効果がないという経験だけは積み重なっていた。

結局、堪えようとした涙は止まらなかった。

「……また泣くか。それで解決するのなら子供でも出来る。少しは王妃を見習ってくれないか」

あからさまでないものの殿下からは溜息が零れた。

王妃を見習えなど、ヒストリアには嫌味にすら聞こえる。
現大聖女であるべルナルド王太子殿下の母君、イクシス様。

彼女にもっとも近い気品と知性を持つ聖女は誰かと尋ねられれば皆がこういう『次代の大聖女ヒストリア様の姉君、エリザベート様』だと。

「大事なことだ。前にも言ったが、私が思うにせめて大聖女教育だけでも滞りなく進めば噂を蒸し返す者達を黙らせることができる……なぜか君はやる気がないみたいだが」

「そんなことありません!噂のせいで眠れず集中できないから、だから日を改めてさせていただいただけです!」

「埒があかないな……悪いがもう公務に戻る」

そう言って殿下が去った庭園には冷たい風が吹き抜け、春の花弁が散った。
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