冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
「これからお母様の元へ行かれるのでしょう?忙しくて大変ね。でもお母様がお二人に合わせて私との予定を変更したから、おかげでエリザベートお姉様と一緒に過ごせる時間が増えたのよ。私うれしくって……お礼を言うわ」
まるで場を和ませるような無邪気な笑みを浮かべた王女は後ろへ控える人物へと視線を向けた。
姉のエリザベートだった。
ヒストリアよりも色素の薄いブロンドの髪と品のあるアメジストの瞳は精霊のようだと謳われ、高い鼻梁と切れ長の瞳を持つエリザベートは似た色と形を持って生まれたヒストリアよりも上位互換と言わしめすほど存在感がある。
そんなエリザベートもまた聖女であるが、ヒストリアほどの聖力を持たず本来ならば王宮になど用事はない。本来なら婚約者の姉というだけの立場だが、しかし彼女はいつのまにかシェリル王女の心を掴み、友人兼ハープの楽師としてたびたび王宮へと登城していた。
「私もシェリル様と過ごせて嬉しゅうございます。神殿に奉公する歳になればこのような機会は滅多と取れませんもの……仮初の時間でも私にとっては夢のようなひととき。けれど人前でシェリル様にお姉様と呼ばれるのはなかなか慣れませんわ……」
「なんていじらしい方……ヒストリア様が私の義理のお姉様になるのなら、エリザベート様だって私のお姉様ですよ」
目の前で繰り広げられる白白しい茶番劇。
互いを想い手を取り合う二人の姿にヒストリアは扇を広げ顔を仰いだ。
シェリル王女はヒストリアを兄の婚約者と認めていない。
それどころかエリザベートによく懐いている。
初めて顔を合わせた頃はここまであからさまな嫌味を言われることはなかった。
ただ兄離れ出来ない妹といった程度の印象程度だったが、しかし気づいた時にはエリザベートに籠絡され敵視されていたのだ。
ハープの手ほどきを名目に登城しているエリザベートは、確かにハープの名手として貴族が通う学院では有名だったが所詮は学院内の評判である。だというのに学院でエリザベートと出会った王女はすっかり絆され国王夫妻にエリザベートを楽師にと頼むほど二人の仲は深まっており、何かにつけて姉を侍らせ、エリザベートを兄の婚約者に望む素振りすら見せている。
「相変わらず仲がよろしいのですね。ハープの家庭教師なんて素人よりもきちんと音楽家にお任せすればよいのに」
「まぁ、ヒストリア。誤解しないで……これは王妃様のご希望でもあるのですよ。私のハープがお二人のお力になれるなんて光栄の極み……それにシェリル様との時間は大切な癒しのひとときでもあるのですから否定されると悲しいわ」
「私もエリザベートお姉様との時間はかけがえのないものですわ。シルドバーニュに生まれた者の勤めとはいえ、エリザベートお姉様はあと一年で王都を離れて神殿に仕えることになるのよ。貴族なら婚姻すれば辞退可能だというのに、慈悲深いエリザベート様は自らの力を国のために使いたいと殿方からの求婚を断られるのだから誰かさんと違って大したものだわ」
聖女信仰の強いシルドバーニュは基本的に聖力を持つ者は神殿への奉公が決められているが、シェリル王女のいう通り、貴族は聖力を持って生まれた乙女も婚姻さえ結べば神殿勤めを回避できる。
結界に綻びがあれば国家の一大事。国の存亡のために、引いては世界のために、一般的に聖女の素質があるものは神殿に所属しなければならない。瘴気の蔓延する世界で、シルドバーニュが大国として長く存続出来ているのはこの方針が厳重に試行されているからだ。
とはいえ、貴族には跡継ぎなどの問題もあるため例外が与えられていた。基本的に適齢期に婚約相手を見つけ婚姻を結んでいれば神殿への所属は強制されない。聖力を持っている女性が婚期を過ぎて独り身である場合は神殿へ勤める。それがこの国の決まりなのだ。
エリザベートはまもなくあと一年で適齢期を過ぎる。このまま婚約者が決まらなければ結婚の意思のない聖女として神殿預かりの身になるだろう。
「お姉様が求婚を拒否されるのは、まだ王太子殿下が私でなくお姉様を選ぶ可能性が残っているからではなくって?」
実際に噂は学院にとどまらず社交界にも流れている。ヒストリアよりも常に優位に立ち続けるエリザベートが唯一かなわないものといえば大聖女という称号だ。
持って生まれた資質は揺るぎないと信じているヒストリアにはそれぐらいしか誇るものがない。得意げに指摘すればエリザベートは困ったように笑い視線を落とした。
「あなたはそう考えるのね、ヒストリア……私はあなたに誤解されようとも、大変な役目を引き継ぐ大切な妹と、この国のために、少しでも力になりたいと本心から思っているのよ」
「嘘言わないでちょうだい!私が邪魔なんでしょう?」
「お言葉ですがヒストリア様。王家に迎えられるという大聖女の件は、王族という括りで合って、たまたまお兄様とあなたが年が近いからという理由で一応婚約相手になっているけれど、王太子妃にもっと相応しい相手がいればヒストリア様は別の王族と婚姻しても良いのよ。そう、例えば叔父上とかね……」
「……っ!」
シェリル王子の叔父といえば齢四十を迎える男性で瘴気の研究に没頭するあまり婚期を逃し城に引き籠っているともっぱらの噂だ。社交界にも長年姿を現さずヒストリアは姿を見たことがないが、瘴気にあてられ人格が崩壊していると聞く。
「シェリル王女……そんな風におっしゃられては妹が不安になってしまいますわ」
すかさず気遣う言葉を自然と紡ぐエリザベスに、ヒストリアの心臓は逆撫でされた。しかし反論の言葉はまったく思い浮かばなかった。ほとんど二人に主導権を握られたまま、攻撃したつもりがまったく響いていない現状に拳を握りしめ鋭い視線をエリザベートに返す。
「いいじゃないの。大聖女の自覚のない方が王太子妃になられては民が泣きますわ。それでは、お引き止めしてごめんなさいね、ヒストリア様」
歯牙にもかけない様子でシェリル王女は鈴のなる声で朗らかに告げるとエリザベートを連れて通り過ぎて行った。
まるで場を和ませるような無邪気な笑みを浮かべた王女は後ろへ控える人物へと視線を向けた。
姉のエリザベートだった。
ヒストリアよりも色素の薄いブロンドの髪と品のあるアメジストの瞳は精霊のようだと謳われ、高い鼻梁と切れ長の瞳を持つエリザベートは似た色と形を持って生まれたヒストリアよりも上位互換と言わしめすほど存在感がある。
そんなエリザベートもまた聖女であるが、ヒストリアほどの聖力を持たず本来ならば王宮になど用事はない。本来なら婚約者の姉というだけの立場だが、しかし彼女はいつのまにかシェリル王女の心を掴み、友人兼ハープの楽師としてたびたび王宮へと登城していた。
「私もシェリル様と過ごせて嬉しゅうございます。神殿に奉公する歳になればこのような機会は滅多と取れませんもの……仮初の時間でも私にとっては夢のようなひととき。けれど人前でシェリル様にお姉様と呼ばれるのはなかなか慣れませんわ……」
「なんていじらしい方……ヒストリア様が私の義理のお姉様になるのなら、エリザベート様だって私のお姉様ですよ」
目の前で繰り広げられる白白しい茶番劇。
互いを想い手を取り合う二人の姿にヒストリアは扇を広げ顔を仰いだ。
シェリル王女はヒストリアを兄の婚約者と認めていない。
それどころかエリザベートによく懐いている。
初めて顔を合わせた頃はここまであからさまな嫌味を言われることはなかった。
ただ兄離れ出来ない妹といった程度の印象程度だったが、しかし気づいた時にはエリザベートに籠絡され敵視されていたのだ。
ハープの手ほどきを名目に登城しているエリザベートは、確かにハープの名手として貴族が通う学院では有名だったが所詮は学院内の評判である。だというのに学院でエリザベートと出会った王女はすっかり絆され国王夫妻にエリザベートを楽師にと頼むほど二人の仲は深まっており、何かにつけて姉を侍らせ、エリザベートを兄の婚約者に望む素振りすら見せている。
「相変わらず仲がよろしいのですね。ハープの家庭教師なんて素人よりもきちんと音楽家にお任せすればよいのに」
「まぁ、ヒストリア。誤解しないで……これは王妃様のご希望でもあるのですよ。私のハープがお二人のお力になれるなんて光栄の極み……それにシェリル様との時間は大切な癒しのひとときでもあるのですから否定されると悲しいわ」
「私もエリザベートお姉様との時間はかけがえのないものですわ。シルドバーニュに生まれた者の勤めとはいえ、エリザベートお姉様はあと一年で王都を離れて神殿に仕えることになるのよ。貴族なら婚姻すれば辞退可能だというのに、慈悲深いエリザベート様は自らの力を国のために使いたいと殿方からの求婚を断られるのだから誰かさんと違って大したものだわ」
聖女信仰の強いシルドバーニュは基本的に聖力を持つ者は神殿への奉公が決められているが、シェリル王女のいう通り、貴族は聖力を持って生まれた乙女も婚姻さえ結べば神殿勤めを回避できる。
結界に綻びがあれば国家の一大事。国の存亡のために、引いては世界のために、一般的に聖女の素質があるものは神殿に所属しなければならない。瘴気の蔓延する世界で、シルドバーニュが大国として長く存続出来ているのはこの方針が厳重に試行されているからだ。
とはいえ、貴族には跡継ぎなどの問題もあるため例外が与えられていた。基本的に適齢期に婚約相手を見つけ婚姻を結んでいれば神殿への所属は強制されない。聖力を持っている女性が婚期を過ぎて独り身である場合は神殿へ勤める。それがこの国の決まりなのだ。
エリザベートはまもなくあと一年で適齢期を過ぎる。このまま婚約者が決まらなければ結婚の意思のない聖女として神殿預かりの身になるだろう。
「お姉様が求婚を拒否されるのは、まだ王太子殿下が私でなくお姉様を選ぶ可能性が残っているからではなくって?」
実際に噂は学院にとどまらず社交界にも流れている。ヒストリアよりも常に優位に立ち続けるエリザベートが唯一かなわないものといえば大聖女という称号だ。
持って生まれた資質は揺るぎないと信じているヒストリアにはそれぐらいしか誇るものがない。得意げに指摘すればエリザベートは困ったように笑い視線を落とした。
「あなたはそう考えるのね、ヒストリア……私はあなたに誤解されようとも、大変な役目を引き継ぐ大切な妹と、この国のために、少しでも力になりたいと本心から思っているのよ」
「嘘言わないでちょうだい!私が邪魔なんでしょう?」
「お言葉ですがヒストリア様。王家に迎えられるという大聖女の件は、王族という括りで合って、たまたまお兄様とあなたが年が近いからという理由で一応婚約相手になっているけれど、王太子妃にもっと相応しい相手がいればヒストリア様は別の王族と婚姻しても良いのよ。そう、例えば叔父上とかね……」
「……っ!」
シェリル王子の叔父といえば齢四十を迎える男性で瘴気の研究に没頭するあまり婚期を逃し城に引き籠っているともっぱらの噂だ。社交界にも長年姿を現さずヒストリアは姿を見たことがないが、瘴気にあてられ人格が崩壊していると聞く。
「シェリル王女……そんな風におっしゃられては妹が不安になってしまいますわ」
すかさず気遣う言葉を自然と紡ぐエリザベスに、ヒストリアの心臓は逆撫でされた。しかし反論の言葉はまったく思い浮かばなかった。ほとんど二人に主導権を握られたまま、攻撃したつもりがまったく響いていない現状に拳を握りしめ鋭い視線をエリザベートに返す。
「いいじゃないの。大聖女の自覚のない方が王太子妃になられては民が泣きますわ。それでは、お引き止めしてごめんなさいね、ヒストリア様」
歯牙にもかけない様子でシェリル王女は鈴のなる声で朗らかに告げるとエリザベートを連れて通り過ぎて行った。