冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
見上げれば、男はいつの間にかローブを取っており黒曜石のごとく艶やかな黒髪が視界に入る。次いで夕日に輝く稲穂の色を宿す瞳と視線が重なった。
「俺は魔法使いだ。瘴気の研究をしているが聖女に試してみたいことがいろいろある。だが、如何せん聖女は国に守られているか、奴隷のような捕らわれの身だ。フリーの大聖女に出会えるなんて運命的と言うべきだ」
真っ直ぐにヒストリアを射抜く理知的な視線は僅かに弧を描いた。
笑みと呼べるものか不確かだが、嫌味のない笑みを向けられたのは久しぶりだった。
糾弾されたあの日、黒髪は最も忌諱される色だとヒストリアは初めて知ったが、この男の持つ色はヒストリアの煤けた銀髪よりもむしろ高貴に輝いて見えた。
茶色は平民の色とだけ認識しているヒストリアにとって、これまで見たことのない黒髪は先入観が及ばない率直な感覚を引き出していた。だからこそ、得体の知れない、それも魔法使いなどと名乗る男に訊きたいと思った。
「……あんたは、私が大聖女だって思うの?印もないのに」
「印?あぁ……それは、ただの記号だ。焼き消して誤魔化したところで、大聖女の資質そのものが消えるわけじゃない」
「資質……それがあんたには分かるのかしら?」
「分かる」
男はきっぱりと言い切った。妙な自信は一体どこから湧くのか、魔法使いは感知できる能力でも持っているのか不明だが、男の言葉は何故か胸に落ちた。
「でも、私がなんでここに居るかも知らないくせに、生かそうとするの?どういうつもり?」
「君がここにいる理由は正直に言ってあまり興味がない。俺の興味は君に内包されている聖力だ」
男はヒストリアに向かって指を刺した。
興味が一貫して大聖女の力であることを理解するに十分な言葉だったが、その力がまだ残っていると分かれば沸々と込み上げてくるのは怒りだ。
自分は貴族で大聖女になる令嬢だったのはずだ。可哀想な女で、自分は庇護されるべきである。もっと自分の境遇に対して興味を持つべきだという考えは溢れ出す。
「大聖女がこんな国の端っこに捨て置かれて、気にならないの?私は嵌められてここに捨て置かれたの!」
「そうか、災難だったな」
「それだけ…?」
「俺に慰めて欲しいのか?回復魔法をかけたかせいか、活力は戻ったようだな……」
魔法使いは形の良い唇を歪めふっと笑った。
「っ……!ちがうわよ!」
明らかな動揺を隠そうとすれば身体は熱を帯び思い浮かんだ言葉を一度脳裏で検閲するよりも先に声に出ていた。
「あんたが本当に魔法使いなら私の無実を証明して!私をこんなところにやった奴らに土下座させてよ!!」
「それは取引のつもりか?」
「えぇ、そうよ。私に協力して欲しいなら私を陥れた奴らの罪を暴いて、私の前で土下座させてちょうだい。それから手足も切り落とさなきゃね。ねぇ、運命的なんでしょう?」
「稚拙で粗暴だな。君は魔法使いを万能だと思ってるのか知らないが、まず物を知らなさすぎる。それに取引きのつもりなら、こちらも利益がなければ成立しない」
明らかに馬鹿にされた発言だったが、魔法使いが発する言葉には嫌悪も苛立ちも孕んでいなかった。正しくは感情が乗っていなかったのだ。
「なっ……私が必要なんでしょう?ちがうの?」
ヒストリアの深い水底の瞳が揺れた。
「被検体として確かに貴重だが、どうしても必要とまでは言ってない。この国を敵に回す可能性を持つ君の事情を嗅ぎまわるのは時間の無駄だともいえる」
云えば魔法使いは粗雑にヒストリアをベッドへ縫い留めた。
体格差のある男にのしかかられ瞳を刮目したが突然のことに叫び声は上がらなかった。
「むしろ君は、今のままではとても使い物にならない」
「なによそれ……」声が震える。
「その物言いだ。目覚めてから君は自分のことばかりだ。とても聖女らしくない」
「だが……協力させるためにも、ひとまず君が死なないように世話は焼くと約束する。さて、どうする?死ぬか?それとも……――」
「俺は魔法使いだ。瘴気の研究をしているが聖女に試してみたいことがいろいろある。だが、如何せん聖女は国に守られているか、奴隷のような捕らわれの身だ。フリーの大聖女に出会えるなんて運命的と言うべきだ」
真っ直ぐにヒストリアを射抜く理知的な視線は僅かに弧を描いた。
笑みと呼べるものか不確かだが、嫌味のない笑みを向けられたのは久しぶりだった。
糾弾されたあの日、黒髪は最も忌諱される色だとヒストリアは初めて知ったが、この男の持つ色はヒストリアの煤けた銀髪よりもむしろ高貴に輝いて見えた。
茶色は平民の色とだけ認識しているヒストリアにとって、これまで見たことのない黒髪は先入観が及ばない率直な感覚を引き出していた。だからこそ、得体の知れない、それも魔法使いなどと名乗る男に訊きたいと思った。
「……あんたは、私が大聖女だって思うの?印もないのに」
「印?あぁ……それは、ただの記号だ。焼き消して誤魔化したところで、大聖女の資質そのものが消えるわけじゃない」
「資質……それがあんたには分かるのかしら?」
「分かる」
男はきっぱりと言い切った。妙な自信は一体どこから湧くのか、魔法使いは感知できる能力でも持っているのか不明だが、男の言葉は何故か胸に落ちた。
「でも、私がなんでここに居るかも知らないくせに、生かそうとするの?どういうつもり?」
「君がここにいる理由は正直に言ってあまり興味がない。俺の興味は君に内包されている聖力だ」
男はヒストリアに向かって指を刺した。
興味が一貫して大聖女の力であることを理解するに十分な言葉だったが、その力がまだ残っていると分かれば沸々と込み上げてくるのは怒りだ。
自分は貴族で大聖女になる令嬢だったのはずだ。可哀想な女で、自分は庇護されるべきである。もっと自分の境遇に対して興味を持つべきだという考えは溢れ出す。
「大聖女がこんな国の端っこに捨て置かれて、気にならないの?私は嵌められてここに捨て置かれたの!」
「そうか、災難だったな」
「それだけ…?」
「俺に慰めて欲しいのか?回復魔法をかけたかせいか、活力は戻ったようだな……」
魔法使いは形の良い唇を歪めふっと笑った。
「っ……!ちがうわよ!」
明らかな動揺を隠そうとすれば身体は熱を帯び思い浮かんだ言葉を一度脳裏で検閲するよりも先に声に出ていた。
「あんたが本当に魔法使いなら私の無実を証明して!私をこんなところにやった奴らに土下座させてよ!!」
「それは取引のつもりか?」
「えぇ、そうよ。私に協力して欲しいなら私を陥れた奴らの罪を暴いて、私の前で土下座させてちょうだい。それから手足も切り落とさなきゃね。ねぇ、運命的なんでしょう?」
「稚拙で粗暴だな。君は魔法使いを万能だと思ってるのか知らないが、まず物を知らなさすぎる。それに取引きのつもりなら、こちらも利益がなければ成立しない」
明らかに馬鹿にされた発言だったが、魔法使いが発する言葉には嫌悪も苛立ちも孕んでいなかった。正しくは感情が乗っていなかったのだ。
「なっ……私が必要なんでしょう?ちがうの?」
ヒストリアの深い水底の瞳が揺れた。
「被検体として確かに貴重だが、どうしても必要とまでは言ってない。この国を敵に回す可能性を持つ君の事情を嗅ぎまわるのは時間の無駄だともいえる」
云えば魔法使いは粗雑にヒストリアをベッドへ縫い留めた。
体格差のある男にのしかかられ瞳を刮目したが突然のことに叫び声は上がらなかった。
「むしろ君は、今のままではとても使い物にならない」
「なによそれ……」声が震える。
「その物言いだ。目覚めてから君は自分のことばかりだ。とても聖女らしくない」
「だが……協力させるためにも、ひとまず君が死なないように世話は焼くと約束する。さて、どうする?死ぬか?それとも……――」