冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
「出来たぞ」
しばらくして声をかけられた。
時間をかけずに手際よく用意され、食卓テーブルへと運ばれる。
朝食は二人分、しかし椅子は一脚。その一脚に座るよう魔法使いに促された。生粋の貴族故に使用人を立たせておくことに一切の躊躇いのないヒストリアが着座すると、魔法使いは部屋の隅に転がっていた木箱を拾いそれを椅子代わりに対面したため困惑して物申したくなったが、身分を剥奪されたことを思い出していると魔法使いが云った。
「さぁ、召し上がれ。ポタージュだ。パンとソテーもある」
香りは、悪くない。ポタージュには干し肉のかけらも散りばめられており、ソテーの方も干し肉だったとは思えない仕上がりだ。しかしパンは黒っぽい色をして一目で硬いだろうと判断できた。カラトリーを手にするより前に思わず零れる。
「白パンじゃない……」
「期待しないでくれと言ったはずだ。すべてを叶えることは出来ないし、これでも君のことを考えて用意している。黒いパンは全粒粉で栄養価が高い」
「でも私は白パンがいいの」
「そもそも、白いパンは貴族の食べ物だろう?」
「そうよ!」思わず大きな声が上がった。
白いパンは貴族の中でもそれなりの階級でなければ食べられない。貴族籍があれど資産がない家で白いパンを食べ続けることは難しい。食事とはヒストリアにとって一種のステータスであり、現実を映す鏡でもあった。居心地が悪く視線は手元に落ちた。
はぁ、と向かいから溜息が零れる。
この状況で白パンを求める権利が自分にないことは流石のヒストリアもなんとなく理解していたが、これは受け入れられるか否かの問題なのだ。突如身に覚えのない罪で地獄に落とされ理不尽を叩きつけられた可哀想な令嬢は、王子様が迎えにきてくれるのが相場ではないのか。昔の記憶に残っている寝物語では、そうだった。
助けてくれて、支えてくれて、砂糖菓子よりも甘い愛に包まれ城で守られ幸せに暮らすのだ。
自分の不幸も、それに当て嵌めなければ受け入れられない。
しかし現れたのは魔法使いで、見た目こそ良いがヒストリアを守る王子ではない。そうでなければ今頃は王宮で無礼を働いた者たちを跪かせ相応の罰を与えている頃合いだろう。姉のエリザベートと義兄のロイドは阿鼻叫喚で、べルナルド王子殿下からは赦しを乞われていなければならない。
だが現実は違った。
眦を上げて唇を引き結ぶヒストリアに、魔法使いは重々しく口を開いた。
「君は嵌められたと言っていたな。シルドバーニュほど聖女を大切にする国は他にないが、僻地に捨て置かれるほどの君が既に貴族でないことは察しが付く。名はなんというんだ?」
「ヒストリア……ヒストリア・フランドールよ。フランドール侯爵家の次女、だった……」
貴族であることを過去の様に扱わなければならないのは心苦しく声が低くなる。
「やはりシルドバーニュの聖姉妹か……なるほど。その名は捨てて方がいい」
「どうしてよ!」
「この先、何を選ぶにしても、今はしがらみが多いだろう」
魔法使いは同情気味に告げた。そしてヒストリアが自害を選ぶ可能性がまだ残っていることに含みを持たせる。
それから押し黙ったままのヒストリアを見かねてか黒パンを差し出した。ついさきほど拒否したばかりだというのに、この魔法使いは一体何を考えているのだろうか。受け取る可能性がないことを確認して皿に戻した魔法使いはヒストリアを置いて食事を進めることにしたらしい、木製のスプーンを手にポタージュをすくっては口へ運び満足そうに味を確認し始めた。

「ひとまず君のことはセシルと呼んでも?」
唐突な提案に戸惑いヒストリアは眉を顰めた。
「……あんたが考えたの?」
悪くない響きだが、この魔法使いの口から美しい響きの名を出されるのは意外だった。
「俺が昔世話になった聖女の名だ。名を捨てるのは辛いだろうが、セシルは紛れもなく最高峰の聖女だった。君のもう一つの名に相応しい」
「最高峰の聖女……」
頷けばこれからその名で呼ぶつもりなのか、世話になったという聖女の名を出会ったばかりのヒストリアに渡そうとする魔法使いの言葉には迷いはない。
気付けば涙がぽろぽろと零れていた。
この地に追放されてから散々泣いたというのに、まだ流せる涙があったようだ。とめどなく零れ落ちて肩が震える。
思えばここまで長く誰かと言葉を重ねたことがなかった。
ヒストリアの一方的なものばかりで、陰口に対する癇癪や格下の相手への叱責。完璧な姉の唯一の障害物として腫物のように扱われ、近づいてくる人間はおらず、同じ貴族籍の友人はおろか家族の間ですらまともな交流はなかった。

< 15 / 69 >

この作品をシェア

pagetop