冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~

「なによ……魔法を使えるのは便利だし、平民よりもよっぽど良いわ。おかしい?」
「一般的には、おかしいな。その見方は持っているものの考え方だろう。貴族という血統があり、聖女の頂きでもある君は無意識に自分だけは安全で無関係だと認識している。だが力を持たざる者は、とうてい力の及ばないものに対して恐怖の方が勝る。すると諸悪の根源である魔法使いという存在自体を厭う傾向が強くなるんだ」
否定されたことに対し眉根は寄ったが、小難しいことを言い始めたのでヒストリアは納得するところまで理解が追い付かず、深く考えることを止めにした。
ヒストリアにとって聖書など教育の一環としての暗記物であり、”そんなことがあった”のだと、記憶さえすれど、信仰深く教義への思想を深めようとはしなかった。史実か伝説か怪しいものに対し、深く考えて使命感を得ようという気にならなかったのだ。
そもそも、自分を取り巻くその瞬間の環境がすべてで、長い年月を遡って世界の構造を理解し悪者を突き止めたところで現在進行形で進む世界が覆るわけでない。なにより、権力の頂きに近い存在である自分は世界の起原を否定するよりも享受していたに近いともいえる。
こういう所が聖女らしからぬと散々言われてきたところなのだろうが、もしも周りから優しい言葉をかけられ大切にされていれば、同じように大衆の思想にも興味を持っていたかもしれない。
だがヒストリアは魔法使いと出会った。今まさに平民よりマシな存在だと感じているヒストリアは今まで意識したことのなかった大衆の考えだけをひとまず掻い摘み、同情気味な視線を返した。

「じゃあ、あんたは迫害されてきたの……?だから髪色をその色に?」
「あぁ。警戒されないよう変えている。家の建築に魔法を使わないのも同じ理由だ」
魔法使いは髪色を違う色に変える場合、赤にしかならないらしい。ルーメンの赤は、鳶色の髪を持つ義弟のロイドよりも数段明るい。他の人間に魔法をかける場合は自由に染色できるがどういう原理か一定の色にしか染まらないのだという。平民は焦げた茶色が基本だが、平民との間に貴族が子を設けると貴族の血を濃く引けばそちらに寄り、平民の遺伝子が強ければ鳶色の髪になることがあるのでルーメンの髪色は不自然ではない。
「分かったわ……あんたが原因でこの家を出なくちゃ行けなくなるのも困るし、平民を連れてくるのは好きにして。でも紹介とかは止めてちょうだい。関わりたくないわ……」
概ねの疑問は解消したが、しかし平民と接するには抵抗感の方が強い。
魔法使いから「分かった」と返事があったが、ヒストリアが安堵するよりも先に宥めるように言葉は続いた。
「だが、遅かれ早かれ村人とはいずれ交流していく必要がある。今はこの家に慣れるところから始めればいいが、衣食住を確保するためにこの地で働き収入を得なければならない」
「働く?この私が?面倒見てくれるんじゃないの?」
てっきり今朝のように朝食が用意され、何もせずともこの家で魔法使いが世話してくれるものだと考えはじめていたが、現実はそう甘くないらしい。実験に協力すると言えばヒストリアの扱いは変わるのだろうか。
自分が働く姿を想像できないが安易に返事をすることもできず声は固くなった。
「世話は焼くが君が自活できるようにするためだ。ちなみに確か……君は下級貴族のご落胤で逆恨みから神殿の聖女を害そうとした罪でこの地区に追放されたことになっているらしい」

「誰がそんな……!」
衝撃的な言葉を重ねられヒストリアは絶句した。正規の手続きが行われず王宮で聖印を焼き潰されたのは、ヒストリアが聖女であることを隠したかったからだろうと気付いてはいたが、秘密裏に処理されるにしても酷い作り話だった。
「君を連れてきた兵士達が吹聴して帰ったようだ。ここじゃよそ者は目立つ。余計な詮索をされるより先に情報を与えた方が都合がいいと踏んだのだろう。この地区の酒場では、追放された君が生きてるか死んでいるか賭け事の対象にされているようだ。そろそろ興味本位で近づいてくる者がいるだろうから、俺の外出中は扉を勝手に開けないで欲しい。君が招かなければ開かないように魔法をかけておく」

知らなければ恐怖することもなかった情報をさらりと告げられ、ヒストリアは唇を震わせ怒りと恐怖の混ざった感覚が背筋を這い上ってくるのを覚えた。
やはり平民は野蛮である。
他人の生死を賭け事の対象にするなど到底許されるものではない。まだ権力が残っていれば不届きものは即刻捕らえただろうだが、捕らえるどころか野蛮な連中に何をされるか分からず、魔法使いの忠告には黙って頷くほかなかった。
「大丈夫だ。悪意を持ったものばかりじゃない。だが、女ひとりでは心細いだろう。少し留守にするが待っていてくれ」
そんなヒストリアを心中を見透かしてか、魔法使いの手が伸びてきて長い銀髪の垂れる細い肩にそっと触れた。
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