冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~

翌朝、ルーメンは現れるとその手には二人分のバケツと箒があった。
村に寝泊まりしているからだろう、今日も髪色は燃えるように赤い。

「自分で出来ることを増やすため今日は掃除をしよう」

村から借りてきたという道具をヒストリアに押し付け、手にしたことのない道具に困惑していると床を指す。

「気になるだろう。君のような元ご令嬢なら余計に我慢ならないはずだ。雑巾もあるし、どうせなら徹底的にしよう」

「はぁ…?」と思わず声が出る。

確かに昨日も気にしていたほどだが自分でやらなければならないとなると話は別物だ。
これまでのヒストリアは使用人に掃除を指示する立場で、入浴以外で手を濡らしたことはない。

しかもバケツには錆が入っており、いつから使っているのか分からないような痛み方をしていて、箒は見た目以上に重く感じる。
雑巾は端切れを使ったもののようだが、しゃがみ込んで床を拭くなど想像するだけで眉間に皺が集まった。

「抵抗感があるだろうが、やらなければ衛生面で支障が出てくる」
「誰か雇えば良いんじゃないかしら……」
「君は人を雇う金を持っているのか?」

痛いところをさされヒストリアは現実逃避するように視線を逸らし呟く。

「……ない。けれどあんたは持ってるでしょう?」
「俺は自分の目的のために使うが、君のためにならない浪費するつもりはない」

「魔法は?」
「駄目だ。自立にならない。自分の住まいを自分で整えるのは普通のことだ。そのことは理解してくれ」

思いついた言葉の真意を拒否されて、余計に重たい気持ちになった。

ルーメンと出会ってたった数日。
しかしその言動に一喜一憂させられ、世話を焼くことと甘やかされることが同義でないのだと理解させられる。

「まずは掃除の基本を教えるからバケツは置いてていい。こっちに来てくれ」

「朝食が先じゃないの?」

「それは後だ。気持ちのいい空間で食事をしよう」

ルーメンは部屋の隅の方へ行き天井を仰いだ。
大きな蜘蛛の巣が張っており、ところどころにも大きさの異なるものがあった。
壁の木板もよく見ればうっすらと埃をかぶっている。

ルーメンはまず上から下へ埃を落とすように言った。
けして窓は開けないこと、床は最後に磨くこと、要点だけを述べて実際に箒を揺すりながら蜘蛛の巣を落とし始める。
鼻をむずむずとさせる不快な感覚に思わず声を上げた。

「ちょっ、止めてよ!気持ち悪い、窓を開けた方がいいわ!」

「風で余計に舞い上がるから止めておけ。換気は掃除を終えたあとにするべきだ」


朝一番の大掃除は結局、日が真上に登るまで続いた。

この地に追放されてから着替えもなく、同じ服を着続けて汚れたドレスは大掃除でさらに汚れることになった。

そのことにもはや苦言を示すほどの気力はなく、ルーメンに言われるがまま掃除を続け、くたびれたヒストリアは真っ黒になった雑巾を絞る。

「最悪……なんで私がこんなこと……」

「感想はそれだけか?」

大きな溜息を零すヒストリアにルーメンが問う。
意地の悪い質問だ。

「一応住めるようになったから、マシになって嬉しいわ……最悪だけど」

人生ではじめて床を磨き、自分が手入れした家は相変わらず古びた小屋でしかなかったが、ヒストリアは妙な達成感を覚えていた。

疲労と服の汚れの不快感は鳴りを潜め、気分が和らいでゆくのを確かに感じていたのだ。

「あとはこれだ。頑張った君に」

そういうと青々とした葉を数枚取り出しルーメンが何か呟く。

するとたちまち空気に溶けるように輝いたあと一枚の麻布が窓に取りつけられ、ヒストリアのドレスは平民が着るようなワンピースに変化した。

一瞬のうちに出来上がった物を差し出されヒストリアの肩からは力が抜ける。

「なんでもっと魔法を使ってくれないのよ、って言いたくなるわ……でも、自立のためなんでしょう」

眇めた目でルーメンを忌々しく見遣ると端正な口許が僅かに上がっていた。

「そうだ。君には自分で生活できるようになってもらう。さぁ、バケツの水を片付けたら食事にしよう」

「分かってるわよ。こんな水、ずっとこの家に置いておきたくないわ……」


ヒストリアはバケツの取っ手を掴むと扉に手を掛けた。

そこでふと気づく。
外に出るのは二度目だ。

一度目は悲壮感に満ち死ぬために、二度目の今回は汚い水を捨てるために。
取っ手を引けば、眩しい光がヒストリアに降り注いだ。

「私、本当に追放されたのね……」

思わず笑みが零れた。

独り言ちたあと、ヒストリアは外に出てバケツから勢いよく水を投げ捨てる。
それに続きルーメンまでもが清々しいほどの勢いで泥水を投げた。

似つかわしくない行動に顔を見遣れば、濁りのない黄金色の瞳がヒストリアの視線を捉える。

「食事にしよう。食べれば活力がわくからな」
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