冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~

ヒストリアの価値

静かだった。
夜の帳が下り、ルーメンが去った部屋は身を捩ると寝台が軋む音を正確に捉えるほど、些細な音を容易く拾い上げていた。
ヒストリアは瞼をぎゅっと閉じて震える身体を抱きしめる。脳裏にへばり付いた男達の声を忘れようとしたが、乱暴で、粗雑で、礼儀もない彼らの言葉は剥がれることがなかった。

もしもルーメンやあの男……ベリルがいなければ、今頃どうなっていただろう。
想像するのも恐ろしく、身の毛がよだつ思いに頭を振った。

貴族でなくなった自分がこんなボロ屋でひとり生きるということは、そういうことなのだ。誰を頼り、誰を扉の中へ招き入れるか見極め自己責任で考え続けなければならない。
これまで自分が選んできた物事というのは、いかに陳腐だったか……安全な場所で、既に選別された洗練されたものの中から指を刺すのは簡単だ。いや、安全だということすら驕りで、根底から間違っていたのだ。

身分が与える権威は揺るぎないものではなかった。
本当にただの記号で、それは永久保証の代名詞ではなかったのだ。だからこんな場所に居る。

ルーメンは言った。大聖女の印は記号に過ぎないと。その言葉の真意が、理解できるような気がした。
信じたくないが、きっと他のことにも当てはまるのだ。生きている限り無縁のものだと考えていた平民に成り下がり、ある感情に辿り着く。

罪人で平民という記号を得たが、それだけがヒストリアをヒストリアたらしめるなど納得いかない。

夜が長いとこれほどまでに感じたのは初めてだった。


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