冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
ーーそれからの手続きはあっという間だった。

ボロ雑巾のように王城の地下牢へ乱雑に収監され最低限の火傷の手当てを受けたあと、申し合わせてあったかの如く、ヒストリアはすぐに荷馬車に詰め込まれ追放先へと送還された。

慣れない馬車移動では身体に響く振動と嵐のように起きた断罪劇の恐怖に幾度となく吐いた。

そうして最低限の護衛と共に数日かけて到着した辺境の地は心が折れたヒストリアを無慈悲に踏みつけるかの如く、寂しい景色が広がっていた。


ルキリュ領・ディート地区はシルドバーニュの最北端の地。

国の末端というだけならまだしも、今から五十年前に瘴気で崩壊した国の国境付近に位置する。
そのため結界の外の瘴気は濃く、一歩出れば有象無象の魔物が徘徊する土地に近したディート地区は他と比べて薄暗く曇り空に覆われていた。

シルドバーニュにおいて、結界付近の地域は防衛拠点と神殿さえあれど人が好んで住む場所ではない。

ディート地区も例に倣って人口が少ない区域だが、他の国境地域よりもさらに人気がなく、そこに滞在する者といえば軍と神殿関係者が中心となっており、彼らを目的とした商人や娼館ともともと在った小さな村ぐらいだ。

ディート地区は聖女の加護に守られながらも瘴気の最前線の土地というのもあって作物は育ちにくく岩石の多い不毛の地だった。

そのため大聖女の祈りによる結界の障壁で瘴気に侵された魔獣に襲われる心配こそないが、汚染された地と地続きであるこの辺境で暮らそうと考える者はほとんどいなかったのだ。

そのような場所にヒストリアは着の身着のまま古びた煤臭い小さな家に送還され放り込まれた。
神殿騎士の駐屯地からも離れた結界の袂、貴族の娘が追放されたこの場所へと送られた意味は実質死ねと言われたようなものである。


追放当初のヒストリアは己の不幸に泣き叫び、疲れ果てると不安を拭うように誰かが迎えに来てくれるかもしれないなどと妄想に耽っていた。

しかし王太子の慈悲という名目で運び込まれていた数日分の水と食料が底をつくと、もう自分を迎えにくるものは居ないのだと流石に理解させられる。

空腹と喉の渇きの恐ろしさに震え、気力もなく硬い寝台の上で薄い布に包まっていた。


体の限界は近い。
しかしヒストリアは自ら外に出て助けを求めることはしなかった。

移送の護衛を担当した兵士から近隣に村があること教えられていたが、聖女であり未来の王太子妃でもあった自分が平民に頭を下げて物乞いするなどプライドが許さなかったのだ。


――もういっそのこと、命を断ってしまおう。


そう思い立つとヒストリアの行動は早かった。
空腹と脱水で力の入らなかった体も、強い目的を持てば案外動くもの。

身投げできる場所を探してゴツゴツとした岩場の多い道を選んで歩いてゆけば、いつの間にか結界の外に出ており、視界を時折阻むような強い風が吹き荒れ目を細めた。

結界の外に出るのは初めてだったが恐怖はない。身投げするという意思がヒストリアを突き動かしていた。

流行りの装飾が施された上質なドレスや宝飾で輝く靴が汚れようが気に留めることなく切り立った岩場を登り続け、とうとうちょうどいい絶壁を見つけたヒストリアは底の深さを物語る暗闇を見つめた。

錯覚か、深い闇の中に蠢く何かが手を伸ばしてヒストリアを招いている。

カサついた口元は綻び、抱き返すかの如く両手を広げ目を閉じた。目的地に辿り着いた身体はふっと力が抜け、深い亀裂へと倒れるように飛び込んだ。


自分を軽んじる世界なんてもう要らない。


しかし身体は降下の風圧を受けることなく宙で止まり、次の瞬間には強い力で後ろへと引っ張られ地面へと叩き落とされていた。

「い゛っ……」

砂埃が舞い、粒度の粗い小石がヒストリアの肌を突く。
不意に何かが影を落とし、見知らぬ声が降ってきた。


「……そっちは瘴気溜まりだ。身投げするなら結界内にしてくれないか?」


深くフードを被った上背の高い男だった。
先端に蒼く光る水晶をつけた杖を携えた男は屈み込むと無遠慮にヒストリアの右手を取った。

普段のヒストリアならばすぐにでも男の手をはたき落としただろうが、しかし一世一代の決意を挫かれ唖然とした今はされるがままである。

男は潰れた聖印を眺めては傷口を指でなぞり、そして結論付けたように、なるほどと独りごちた。

「君は大聖女だろう?ここにその印があったはずだ。君みたいな女が瘴気溜まりで死んだりすると、厄介なことになる」

厄介という言葉に身体がカッと熱くなり、ヒストリアは訝しげな瞳を男に向ける。
これでまで何度となく影で言われてきた言葉だった。

死を望んでもなお「厄介」など言われれば怒りが湧き、感情の起伏と同時についぞ今まで忘れていた疲労と餓えが一気に身体を襲った。

男に反論しようと乾いた唇を開いたヒストリアだったが、出た言葉は男を罵るものにはならなかった。



「だったら……水を、よこしなさいよ…」

どんなに非難されようが、もう一歩も動けなかったのだ。
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