冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境の地で本物の大聖女になる
1.シルドバーニュの聖姉妹

――――大国、シルドバーニュは奇跡の国と呼ばれている。

聖女信仰が強固なこの国は広大な地を有し、どの町も人々の活気に溢れていた。
瘴気と無縁の田畑は年中を通し豊かな実りをつけ、井戸から汲み上げる水は浄化せずとも飲むことが出来た。大聖女が不在の国では水は浄化してから飲むものだが、これを可能とするのは現在まで大聖女が祈りを繋ぎシルドバーニュの地を広域浄化し続けてきたからである。
そう、シルドバーニュは大聖女の出現が途絶えることがない。故に奇跡の国なのだ。

大聖女の存在による安定した治世によって栄えたシルドバーニュは、他国と比べても聖女の保護に精力的でその待遇も手厚い。
他国では聖女と知れると強制徴収される国などもあるというが、シルドバーニュでは聖女の任務に従事するものには特別な褒賞が与えられ任期によって額面も異なる。家の事情に応じては一族への援助も惜しまず聖女の赴任地に合わせ家も用意されるという。
この国に生きる聖女は恵まれているのだ。

王命によりこの施策は国家全体に行き届いており、大聖女の力を過信せず一つの綻びも許さぬよう領ごとに神殿を置いて聖女達が国のため日々祈りを捧げている。
それが瘴気の断絶を堅牢とする一因でもあり、奇跡の楽園は幸運と地道な努力によって存在し続けていた。

ヒストリア・フランドールは、由緒正しきフランドール侯爵家の次女として生まれた。
この国では直系に男子が居ない場合のみ、直系の女性の継承権が認められていおり、これにあたる母親はフランドール家の女侯爵であったが、ヒストリアを産んだ時に鬼籍に入った。
生前の母親をヒストリアは一切知らない。
しかし社交界の噂では、鋼の淑女と呼ばれていたという。一方で、華やかで見目麗しい父親に心底惚れぬき、男爵家の三男という家格差さえものともせず父を迎え入れたとも聞いた。
その寵愛ぶりは凄まじく、父の望みを母はすべて叶えようとしたらしい。
一切の隙のない完璧令嬢と謳われていた母も所詮は女だったのだと父は得意げに語っていた。
父曰く、成功の秘訣は自分の立場を鑑みて何に手腕を振るうか、それを見定めることらしい。
実際、父は母より爵位が低いが母親への影響力は相当なものだった。だからこそ長女エリザベートの出産を境に衰弱した身でありながら、自分の身体を顧みず父の望みを叶えるため二人目の出産に挑んだのだ。
フランドール侯爵家は聖女の排出が多い名家だった。
そのためか男子の出生率はおそろしく低い。この国は爵位の継承が直系優先で女性の継承が認められているが、傍系に男子がいる場合はその男子が継承権第二位となる。
父親がもし様々な理由で娘を失った場合、侯爵家の継承権は親類の男子に移ってしまう。すでに母の妹の夫婦には男子がひとり存在しており、継承権第二位の有力候補の存在が許せなかったろう。
婚姻を結べど父親自身の爵位が変わるわけではない。自分が生きている間の爵位の継承を盤石なものとするため、男子を望み、二人目を設けようとした。
しかし生まれたのはヒストリアで、そのあと母は産後の経過が悪く亡くなってしまったという。

当然、入り婿であった父親の興味は被後見人である長女エリザベートだった。
父の心は常にエリザベートへ注がれていた。
ヒストリアはそのことを、姉の悲劇の物語の一部として使用人のうわさ話で聞いたことがある。
記憶をたどれば確かにそれは事実だったかもしれない。
父親はいつも姉に優しい言葉をかけ、他の令嬢に引けを取らせぬよう新作のドレスを次々に買い与え着飾らせ、一流の教師をつけては最高級の淑女教育を施そう尽力した。
そして毎年の誕生日には必ず大きなケーキを作らせて美しいリボンに包まれた贈り物が手渡されていたのだ。
それを羨んでいたことはヒストリアの断片的な記憶に確かに残っていた。
思い返せば、父に溺愛される姉とは反対に、ヒストリアは五歳まで存在しないものとして扱われていた。生まれてからの殆どを無視されて育ち、当然誕生日など祝われたことなどなかった。
きっと周りに言われなければ、三歳が対象となる聖力測定の儀も忘れ去られていたことだろう。
それほどに姉妹間の格差は激しく、使用人から憐れみの視線を向けられるほどのものであったという。しかし幼いヒストリアは自身の不遇をあまり深く憂いてはいなかったはずだ。
何故ならあの当時、ヒストリアにはエリザベートがいたのだ。
姉のエリザベートは本心からいつもヒストリアに心を砕き、その姿はまるで母親の代わりのようだったと当時の家政婦長が懐かしむほどで、幼少期の小さな世界ではエリザベートから注がれる愛情のみで十分に生きていけたのだ。
幸せだと感じていた。


エリザベートがヒストリアに親切だったのは、父親の振る舞いの意図をよく理解していたからだ。
爵位の低い父親が権力欲しさに母親と結婚したこと、成人すればフランドール家の女侯爵になる自分が父にとって被後見人であるから、面倒を見てもらうため媚びていること。その全てを僅か三つの違いしかない姉は心得ており、きっと恐れてもいたのだ。
エリザベートはドレスを買ってもらえないヒストリアのために、父親に買い与えられたドレスをヒストリアの身丈に合うよう仕立て直させてくれていた。贈り物のアクセサリーや宝石も、いつか必要になるかもしれないからとヒストリアに分け与えてくれた。
おそらくエリザベートにとってヒストリアは保護対象だったのだ。
子供ながらにいつだって妹を守ろうと手を差し伸べていた。
その行為に父親が怒ることはなかった。なぜなら気付いていなかったのだ。
父親はただ、エリザベートを甘やかしているという事実を積み重ね満足し、母が鬼籍に入ってからは愛人を囲いよく家を出ることがあった。
この歪な家庭環境で乳幼児期を過ごしたヒストリアだが、心を通わせることが出来る家族である姉に懐いており、内気だが素直な少女だった。
特に読書と歌を好み、使用人の間では天使の歌声と称され、姉のエリザベートは時間を見つけてはヒストリアの歌に合わせハープを奏でるなどして二人の間には確かな愛があった。
しかしこの姉妹の絆は、ヒストリアが五歳の誕生日を迎えたその日を境に壊れていった。

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