冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
第四章 運命の来訪者

夜明け前、エリザベート・フランドール

「エリザベート。君と僕は、年も同じで父も同じ、違うものといえば母の身分だが、お互いの望みは父の破滅だろう?なにかと共通点が多い。だから僕は君のことは信用してる。確認だけど……神殿に生涯を捧げるつもりだという意思は間違いない?」
穏やかな笑みを湛えるフランドール侯爵家の義理の兄、ロイド・フランドールは、父の執務室の机に凭れかかるよう腰をかけていた。この部屋に父はいない。もうずっと前からだ。
日が暮れた一室、人払いされた部屋でエリザベート・フランドールは、同年の義兄を冷ややかな眼で見つめ、溜息を零す。
「えぇ。ソフィーナ公爵令嬢みたいに一々聞かないでちょうだい。私は神殿に籍を置き、この家はあなたのものになる」
ソフィーナ公爵令嬢はヒストリアが聖印を持っていなければ王太子妃にもっとも近いと言われている三大公爵家のご令嬢だ。ヒストリアの振る舞いや聖力を広域に展開できない現状に対し大聖女としての資質に疑念の声が上がり始めた最近、エリザベートを大聖女代理の座に推す声が密かに上がっているのだが、それを知ったソフィーナ公爵令嬢は王女とも交友の深いエリザベートが王太子妃の座を狙っているのではないかと疑っていた。
公爵令嬢ともいう立場の女性が、わざわざ侯爵令嬢のエリザベートに直接問いただすのは、たとえ人が見ていない場だろうと淑女としてはしたないと軽蔑したが、一方でエリザベートが残した火種が確実に大火に変わる予感を感じさせた。
ロイドの方はおそらく、フランドール家掌握の手段としてエリザベートの承認がなければ成立しないため、念押しをしたいといったところだろう。ロイドの性格が垣間見れる。
もしも今さら家に残るなど言われるとたまったものじゃないのだろうが、心配無用というものだ。エリザベートにはその気が欠片もない。
ロイドはエリザベートの返事に納得した様子で爽やかな笑みを向けた。
「確認だよ。大事なことは確認しないと気が済まないんだ。君の気持が変わっていたら顔色に表れる。君は完璧な淑女だけど、僕は人の顔色を読むのが得意なんだよ」
「……なら安心できたわね」
「あぁ。そうだ、酒はどう?」
父が棚に残していたであろう蒸留酒の瓶を手にロイドは訊ねた。一方の手にはグラスが一つ。分かっているくせに、とエリザベートは独り言ちた。
ロイドがあえて聞いてくるのは勝利前の興奮だろうか。
「結構よ。祝杯のつもりなのでしょう」扇をさっと開いて軽く仰げばロイドの声が弾んだ。
「飲まずにいられるかい?年月はかかったが僕の構想通りに事が運べた。しかも君は僕に協力的で排除する手間も省けたんだから、運は完全に僕に味方していると確信したよ」
「私はあなたが居ても居なくても結果は変わらなかったけれど、……」
「……そうかな?」
刺々しい言い方だった。
「ねちっこい男ね……」
確かに、エリザベートの中に消えることのない激情を知らしてめてくれたのはロイドだ。エリザベートは父がロイドを家に連れてきた日を思い出した。
権威にかしずき責務には目を背ける父がヒストリアの威光を振りかざし始めた頃、ロイドはフランドール家に迎え入れられた。

< 43 / 69 >

この作品をシェア

pagetop