冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
――――ロイドとエリザベートは当時十五歳。

入り婿の立場でフランドールの邸に庶子を置くなどついに気が狂ったかとエリザベートは疎んだが、父が連れてきた少年は平民として生きていたにしては違和感があった。

完璧でないにせよ礼儀作法の基礎は身についており、領地の経営学も学んでいるらしい。

単純な父の目論見を見抜くのにそう時間はかからなかった。神童ともいうべき優秀なロイドと怠惰の化身ともいえる父。

この二人の対比は火を見るよりも明らかである。
エリザベートは父が自分の影武者としてロイドに仕事をさせるつもりだということを確信し、そしてロイド自身がまるでそれを望んでいるかのように父に懐く姿に疑念を感じた。

当然、当たり障りのないようにロイドを受け入れたかの如く過ごしお互いに一線を引いていたようにも思う。

だがある時にロイドは使用人の目を盗みエリザベートの私室に忍び込んできたのだ。

当然、声を上げようとした。
しかしロイドは目配せし、無邪気に両手を上げて言うのだ。

「聞いてよ。君はヒストリアを陥れるのが上手いでしょう、僕と似てるよね」
「…………どういう意味かしら?ヒストリアは大切な妹よ」

エリザベートの本心を暴こうとする発言だった。
その行為の意図は測り兼ねる。
無下に扱えばどうなるか、天秤にかけた末に疑念の眼差しを向けながらひとまずロイドの言葉を待った。

「いいよ、取り繕わなくて。僕には分かる、君は僕と同じだ。他の人に言うつもりはないから、僕の前では本当のことを言ってくれないかな。エリザベートはヒストリアが憎い、そうだろ?」

”憎い”など無縁の単語をはっきりと聞き取れば胸に落ちるものがあった。

「――そうね。私はヒストリアが嫌いなの」

「やっぱり。僕はね、顔を見てると分かるんだよ。どんな感情を抱いてるか、君はヒストリアや父に対して家族の愛を持ってない。あるのは嫌悪だよ」

胸の奥底に深く沈めていた感情を容易く指摘するロイドからは悪意を感じるが、しかしそこには敵意がないことも同時に理解する。

エリザベートはロイドとの関係を変えるつもりがなかったが、どうやら向こうは近づきたいようだ。

聖女の理想像と呼び声が高いエリザベートがこれまで自分の思いを吐露する機会などなく、ロイドを警戒するのも途端に馬鹿らしくなりエリザベートは椅子を勧めた。

「だってお父様に心酔しすぎですもの。聖印が現れるまで無視されてきたのに、掌かえして優しくされたからって疑いもせず、忠告する私の言葉は届かなかったわ。それにあの子、平民は家畜だって心のそこから思ってるのよ。父の影響を受けないよう守ろうとしたけれど無駄だったの。だから嫌い。これでいい?」

ロイドが何か吟味しようとしていることを察し明け透けに語る。
すると垂れていた鳶色の髪を掻き上げながらロイドは頷いた。

「君は本当に優しいな。だから中途半端なんだ」

無意識に肩眉が僅かに上がるのを感じる。
これは不快感だ。
しかしロイドはエリザベートを気にも留めず流暢に持論を展開する。

「ヒストリアのことも父親のことも、二人とも不幸になればいいと思っているだろう。なのに、積極的に不幸に突き落とそうとしない。それが中途半端で、優しいって言ってるんだ」

「……違う。私はただ、正しくありたいだけ。あなたが余計なことをしなければ、来るべき時に、天罰が下るの」

「そうかな?正しさで人は壊れない。壊すなら、もっと徹底的にだ。中途半端な状態が一番よくない。この家は手の施しようがないって気付いているのに、ただ天罰を待っているだけ?」

聞捨てならない言葉に持っていた扇子を音を立てて閉じた。

エリザベートには一つ、確信していることがあったのだ。

それは良いことも悪いことも、直接手を加えては崩壊するという原理。表舞台に上がっては駄目なのだ。本当に達成したいことがあるのなら、その対象ではなく周囲を扇動することが確実なのだと。

ジル一家の悲劇を目の当たりにした時、エリザベートは反省していた。

もしもフランドール家の正当な血筋を持つ叔母を味方につけジルの優位になるよう証言していれば、その時に居た護衛達を篭絡できていれば、父の激情を捻じ伏せることが出来たかもしれない。

そうすればあの家族に過分な懲罰が与えられることはなかったのだ。

短慮な判断で衛兵に袖の下を渡してジルが逃亡できるよう図ったエリザベートは些か気忙しかったと。

しかしロイドは続ける。

「僕は君を評価してるよ。自分の見せ方がよく分かってる。この家じゃ、ヒストリアは大聖女の肩書を持ってるだけの無能な我儘女。父は権力に寄生する害虫。社交界もこの家の使用人らも共通の認識だ。だが、ただ崩壊していくのを待つだけでいいのか?もしも天罰がくだらなかったら……?」

「ヒストリアは大聖女になれないわ……私が絶対にさせない。あの子が王族に名を連ねられない時、私は父をフランドール家から追放する。権威を失った父は絶望するでしょうね。それが天罰よ」

信用とは日々の積み重ね。自分の信用をいかに積み上げるかによって、相手の心証は変わる。
同じ出来事がおきたとしても、ヒストリアとエリザベートでは相手が出す答えは異なるのだから。

ヒストリアの信用を落とし、自ら転落していくさまをエリザベートはただ”見ている”だけでいい。

「……本当にそれで満足?できれば君を敵に回したくないんだ。回りくどいことなんてやめて協力しよう。僕たち二人なら、もっと堕とすことが出来る。お行儀よくするのなんて止めよう。本当は壊したいでしょう?」

エリザベートの確信に揺らぎはなかった。

だが、ロイド……この少年はエリザベートを排除すべきか今この瞬間で確かめている。そんな気がした。
ロイドは父の信用も厚い。エリザベートは考えた。

焦ってロイドを排除する必要はない。

「僕らは胸の内を開けわたすことが出来る。いい共犯者になれるよ」

今この場で決めなければならないというのなら、何が最良なのか。
これも天罰が下る過程とみるべきか、エリザベートは瞼を閉じる。

胸がすく景色を、ロイドは見せることが可能だというのか。

「僕に同意したってことで良い?」

「ええ。私の望みは父とヒストリアから幸福を奪うこと。害悪には天罰が必要よ」

静かに頷くとロイドは相変わらず軽やかな口調で告げたあと、手を二度ほど叩く。

「いいね。じゃあさっそく紹介したい子が居るんだ。入っておいでよ」

エリザベートの自室の扉が開き、そこには二人の少女が居た。
つやつやとした黒い髪。
聖書で読んだ魔法使いの外見と一致する。


「彼女たちはアリアとユリアン。可愛い人形だよ。僕のコレクションなんだ」

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