冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
――――翌日。約束の時間に向けてヒストリアは緊張感の漂う面持ちで包丁を握っていた。
その足元を仔猫がうろうろと手持ち無沙汰に行き来している。
「いつも通り作ればいい、と言いたいところだが……もてなす側としては色々と考えるだろうな」
今回はヒストリアが手料理を振る舞うということで一切ルーメンの手助けなしで準備を進めると決めていたが、作業をなかなか始められず考え事をしていると声をかけられた。
相変わらず、何もかも見透かされているような言葉だった。
「香草と塩で味付けしたソテーを考えていたけど……小さな子がいるから、食べづらいかと思って……」
「デザートを付ければいい。前に一緒に作っただろう」
「プディング?そうね……あれはいいわね。でもやっぱりメインも食べやすい方が……」
一瞬だけ見た双子の無垢な笑み。それが記憶に残ったせいで、元々決めていた品を作るか迷いが生じ、ルーメンから教わった料理を脳裏に思い浮かべては、幼児が口にしても問題のない品であるかを選別してしまう。
あれは”勇者ヒストリア”に向けられた笑顔で、実際のヒストリアは聖女。そして追放された理由なども双子に語られたものとは異なるが、しかし無垢な好意を今はそのままにしておきたい。そう考えてしまうのだ。
きっとそれは、今まで頑なだった自己防衛のための虚勢や威嚇が完全に砕かれ、ルーメンに手を差し伸べられたからだろう。
「決めたわ」
考えがまとまり、ヒストリアははっきりと告げた。
そして約束の時間に向けて黙々と作業に没頭する。気付けば柔らかな夕日が窓から差し込んでいた。
出来上がったのは、蜂蜜と赤ワイン漬けにした甘めの柔らかなローストチキン。
そして、塩漬けの豚を角切りにして茸や野菜と一緒に水からじっくり煮込んだ濃厚スープ。このスープは玉ねぎの皮の煮出し汁を混ぜたことで飴色に輝いていた。
そしてこれらに村で購入した黒パンを添え、デザートにはお手製の蜂蜜を使ったプディングを用意した。
『分量と切り方と手順、この三つを押さえれば、誰でも料理はできる』
ルーメンのお決まりの台詞で、料理を学ぶときに呪文のように何度も教えられたのでヒストリアにもしっかり身に付き、おかげで完成度の高い料理が仕上がったであろうと、そう自負できる。
素材の構造を理解すれば応用はいくらでも可能だとも言われていたが、ひとまずは覚えた料理を覚えた味に仕上げられるようになったことを褒め称えてもらわねばならない。
「食欲をそそる仕上がりだ。スープは子供に配慮したんだな」
テーブルに並んだ料理を見てルーメンが言った。
二人で食べた時よりも、野菜も豚肉も今日の来客のためにいつもより小さく切り揃えたのだ。
それを直ぐに気付くのがルーメンらしい。
ヒストリアは侯爵家で出された料理に対し、いかに自分たちに合わせて作られていたのか、そして見た目でも楽しませるため、盛り付けや飾りがいかに工夫されてあったか思い返した。
「作る時って、相手のことをいろいろ考えるのね……」
「そうだな。何を作るかを選べるという作り手の特権もあるが、そのぶん考えることは多い。作り手も食べる側も、食事というのは良くも悪くも人柄を表す」
その言葉に、当然と食べていた品数の多い朝食や、その時の気分の問題で口に合わないと下げさせた料理が断片的に浮かんだ。そして最後に、ルーメンから施された最初の食事の光景が蘇った。
「初めてあなたに作ってもらった時、私って失礼な態度だったわよね……」
俯き気味に呟くように言うと、ルーメンの黄金色の目が柔らかく細められた。
そして大きな大人の手がそっとヒストリアの頭へと伸びる。
触れられた瞬間、嫌悪はなく、寧ろむず痒い気持ちが心臓を揺さぶった。
視線はルーメンへと釘付けになって、幾許か見つめていれば喉の奥がじんわりと熱くなり咄嗟に食卓へと視線を戻してしまう。
「……君の殊勝な態度は心臓に悪い」
しっとりと落ち着いた声音が耳孔に響いた。
同時に、いつの間にかヒストリアによじ登っていた仔猫が飛び出し、ルーメンに向かって跳ねたが無論それに動じるわけがない。仔猫はルーメンに容易く捉えられ、攻撃どころか腕に抱えられる始末である。
「……俺の小さな楽しみの一つに、お前も加わるか?」
ルーメンは振り解かんとする子猫を解放することなく撫でながら揶揄うように告げる。
その瞬間、ヒストリアは陶然とした心地から覚め誹るような視線を流した。
「あなた……いつも澄ました顔してるけど、私のこと揶揄うの好きよね……」
「さぁ、どうだろうな。それよりお客様だ」
疑義を唱えた言葉は外の賑やかな気配都合よく濁されてゆく。
深く追求するほどのことではないが、そわそわとした感情がヒストリアの身に浸透し、一人だけ感情を揺さぶられる不公平感に溜息が零れざるを得なかった。
大したことのない短い会話に一喜一憂するが、けして疲れるわけではない。
もしかすると、これこそが幸せなのだろうか。
ヒストリアは仔猫を解放したルーメンと共に、ベリル達を出迎えるため扉へと向かった。
その足元を仔猫がうろうろと手持ち無沙汰に行き来している。
「いつも通り作ればいい、と言いたいところだが……もてなす側としては色々と考えるだろうな」
今回はヒストリアが手料理を振る舞うということで一切ルーメンの手助けなしで準備を進めると決めていたが、作業をなかなか始められず考え事をしていると声をかけられた。
相変わらず、何もかも見透かされているような言葉だった。
「香草と塩で味付けしたソテーを考えていたけど……小さな子がいるから、食べづらいかと思って……」
「デザートを付ければいい。前に一緒に作っただろう」
「プディング?そうね……あれはいいわね。でもやっぱりメインも食べやすい方が……」
一瞬だけ見た双子の無垢な笑み。それが記憶に残ったせいで、元々決めていた品を作るか迷いが生じ、ルーメンから教わった料理を脳裏に思い浮かべては、幼児が口にしても問題のない品であるかを選別してしまう。
あれは”勇者ヒストリア”に向けられた笑顔で、実際のヒストリアは聖女。そして追放された理由なども双子に語られたものとは異なるが、しかし無垢な好意を今はそのままにしておきたい。そう考えてしまうのだ。
きっとそれは、今まで頑なだった自己防衛のための虚勢や威嚇が完全に砕かれ、ルーメンに手を差し伸べられたからだろう。
「決めたわ」
考えがまとまり、ヒストリアははっきりと告げた。
そして約束の時間に向けて黙々と作業に没頭する。気付けば柔らかな夕日が窓から差し込んでいた。
出来上がったのは、蜂蜜と赤ワイン漬けにした甘めの柔らかなローストチキン。
そして、塩漬けの豚を角切りにして茸や野菜と一緒に水からじっくり煮込んだ濃厚スープ。このスープは玉ねぎの皮の煮出し汁を混ぜたことで飴色に輝いていた。
そしてこれらに村で購入した黒パンを添え、デザートにはお手製の蜂蜜を使ったプディングを用意した。
『分量と切り方と手順、この三つを押さえれば、誰でも料理はできる』
ルーメンのお決まりの台詞で、料理を学ぶときに呪文のように何度も教えられたのでヒストリアにもしっかり身に付き、おかげで完成度の高い料理が仕上がったであろうと、そう自負できる。
素材の構造を理解すれば応用はいくらでも可能だとも言われていたが、ひとまずは覚えた料理を覚えた味に仕上げられるようになったことを褒め称えてもらわねばならない。
「食欲をそそる仕上がりだ。スープは子供に配慮したんだな」
テーブルに並んだ料理を見てルーメンが言った。
二人で食べた時よりも、野菜も豚肉も今日の来客のためにいつもより小さく切り揃えたのだ。
それを直ぐに気付くのがルーメンらしい。
ヒストリアは侯爵家で出された料理に対し、いかに自分たちに合わせて作られていたのか、そして見た目でも楽しませるため、盛り付けや飾りがいかに工夫されてあったか思い返した。
「作る時って、相手のことをいろいろ考えるのね……」
「そうだな。何を作るかを選べるという作り手の特権もあるが、そのぶん考えることは多い。作り手も食べる側も、食事というのは良くも悪くも人柄を表す」
その言葉に、当然と食べていた品数の多い朝食や、その時の気分の問題で口に合わないと下げさせた料理が断片的に浮かんだ。そして最後に、ルーメンから施された最初の食事の光景が蘇った。
「初めてあなたに作ってもらった時、私って失礼な態度だったわよね……」
俯き気味に呟くように言うと、ルーメンの黄金色の目が柔らかく細められた。
そして大きな大人の手がそっとヒストリアの頭へと伸びる。
触れられた瞬間、嫌悪はなく、寧ろむず痒い気持ちが心臓を揺さぶった。
視線はルーメンへと釘付けになって、幾許か見つめていれば喉の奥がじんわりと熱くなり咄嗟に食卓へと視線を戻してしまう。
「……君の殊勝な態度は心臓に悪い」
しっとりと落ち着いた声音が耳孔に響いた。
同時に、いつの間にかヒストリアによじ登っていた仔猫が飛び出し、ルーメンに向かって跳ねたが無論それに動じるわけがない。仔猫はルーメンに容易く捉えられ、攻撃どころか腕に抱えられる始末である。
「……俺の小さな楽しみの一つに、お前も加わるか?」
ルーメンは振り解かんとする子猫を解放することなく撫でながら揶揄うように告げる。
その瞬間、ヒストリアは陶然とした心地から覚め誹るような視線を流した。
「あなた……いつも澄ました顔してるけど、私のこと揶揄うの好きよね……」
「さぁ、どうだろうな。それよりお客様だ」
疑義を唱えた言葉は外の賑やかな気配都合よく濁されてゆく。
深く追求するほどのことではないが、そわそわとした感情がヒストリアの身に浸透し、一人だけ感情を揺さぶられる不公平感に溜息が零れざるを得なかった。
大したことのない短い会話に一喜一憂するが、けして疲れるわけではない。
もしかすると、これこそが幸せなのだろうか。
ヒストリアは仔猫を解放したルーメンと共に、ベリル達を出迎えるため扉へと向かった。