冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~

帰還

細い身体を包むような抱擁が解かれ、ヒストリアは興奮と疲労で震える指先を握り締めるとニッカに駆け寄った。
少し離れた位置に倒れていたニッカは眉根を寄せ瞼を固く閉じ長い息を吐く。

「あたしは大丈夫……それよりベリル達が」

ニッカの不安の滲む視線が地上へと向けられた。
同じく切り立つ谷を見上げるが、当然ここから地上がどうなっているかなど分からない。

「急いで戻ろう」

ルーメンが告げ、ヒストリアは仔猫を拾い上げた。
シルバーグレイの毛並みが砂埃に塗れていたが幸い怪我はしていないようだ。
ヒストリアを助けようと果敢に挑んだ姿を思い返し強く抱きしめたあと、先を急ぐニッカの背を追って地上を目指して走り出す。晴れた澄んだ空気に時折拭く突風が背中を押した。

「ベリルっ!?あんたその腕っ!早く村に運ばないとっ」

地上に辿り着いてすぐ、ニッカが叫びベリルへと駆け寄る。

ヒストリアは、はっと息を呑んだ。
そこには血溜まりがあった。

地を這うように倒れているベリルの左腕は肘から下がない。無残にちぎれた場所から流血していることが分かり、ゼノとスレイが止血を試みている。

「先に止血だ」
ゼノがニッカに固い口調で告げ、真っ赤に染まった布切れを取り替えているが埒が明かない。
二人も同様に怪我を負っていたが、出血の止まらないベリルを優先し対応にあたっている様子だった。

「騒ぐなよ。誰か焼くもん持ってねぇのか」
瞼を閉じたままベリルが低く唸るが、血液を失い顔色が悪くなっている。
ヒストリアはルーメンを見上げた。

「なんとかする。まだ治癒魔法がある」

間を置かずルーメンは杖を手にベリル達の元へ歩み、刹那髪色が変わった。
何か唱えると杖の先端の水晶が青白く光った。しかしその輝きは以前とは異なる。

明らかに光を失っている様子だが、しかしベリルの腕の切断面から流れる血は止まり、新しい細胞が皮膚を作っていた。

修復されていく傷口にベリルの視線は釘付けになっていた。
さらに柔らかい光は最後の輝きを放つように、その場を大きく照らし全員を包み込んだ。
光を浴びてヒストリアは身体の傷みが溶けるように抜けていくのが分かった。見れば身体のあちこちにあった擦り傷が消えている。

「……お前は、魔法使いだったのか……?」

ゼノが見上げて声を震わせて問い、スレイは目を瞠っていた。
二人の視線に不信感が混ざっているのをヒストリアは見つけ声をかけるべきか戸惑っているうちに、淡々とした口調でルーメンが言った。
「黙っていてすまない」

場が静寂に包まれ、ゼノがぎこちなく視線を逸らし迷いの色を浮かべているうちに、はっ、とベリルが喜色混じりに顔を上げた。

「なんでお前が謝ってんだよ。助かった……だがまぁ、治療代は払わねぇけどな」
「あぁ。請求するつもりはない」
「ついでに生えてこねぇのか?この腕は」
「流石にそこまでの力はないな。そもそも俺の魔法じゃない……だが義手なら作れる」
「へぇ、便利なことで……。聞きてぇことは色々あるが、まぁいい。浄化石が出来たなら帰るぞ。スレイ、突っ立ってねぇで案内しろ。最短ルートだ」

あっさりとした調子でベリルが言うと、身を捩り片手で身体を支え起こそうとする。それをすかさずゼノが助け、スレイはようやく我に返っていた。

「ありがとね、ルーメン」
ニッカは薄い唇に弧を描き、ルーメンの肩を叩く。それを見てヒストリアは心から安堵し胸を撫で下ろした。
ゼノも顔を眉尻を下げルーメンを見ている。それから間を置いて言った。

「ルーメン。お前のおかげで助かった。礼を先に言うべきだったな」

「いやぁ、興味深いねぇ。特別なものは尊いなぁ……まさに奇跡だよね。うん……アリだよ!全然ありだね!創作意欲が湧いてきたから早く帰ろう」

スレイに至っては新たな崇拝先を見つけたようで目を輝かせたのち、地面に飛び散っていた絵具やキャンパスなど絵を描くための道具を拾い上げて確認しては、使えるものがないか探している。

ルーメンが魔法使いであることを、実際に彼らが内心どう捉えているか本当のところは分からない。だが、今この瞬間を切り取る限りは、ルーメンから聞いたような嫌悪は感じられず、むしろ受け入れられているようにさえ見える。
その光景をヒストリアは自分のことのように嬉しく思い、静かに口端を緩めた。

「そうだ!セシルちゃん、浄化石みせてよ。あの結界すごかったよ!聖女様はやっぱり神と心を通わせられる奇跡の存在だねぇ」
スレイが革のポーチに僅かばかりの絵の具をしまいながら寄ってきて、顔を近づけて荒い呼吸で興奮するのをルーメンが冷ややかな視線を向けて二人の間に割って入る。

日が傾き、ヒストリアは夕日を浴びながら目を細めた。

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