冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
ヒストリアはルーメンに命を託し、飛び出した。
あらかじめ示し合わせた目的地であるもう一つの岩場の方角へ向かって。

ルーメンは一本目の矢を確認した後、空気を蹴りボウガン男との間合いを詰めるため移動しているはずだ。
その間もヒストリアの周囲にのみ超速の風を起こし、無音で毒矢を留めている。

目的の岩を見つけ辿り着いた頃には、矢の異変を覚えたボウガン男がヒストリアの予想通り、疎ましそうに言った。

「手応えがない……?何をやっている……」

当然だ。矢は風に巻き取られるように回転し続けているのだ。
その風が探知魔法に乱れを起こし、今頃はきっと石が誤作動を起こしたように反応しているに違いない。

確かめるように放たれる何本もの矢に男が苛立っているのが手に取るように分かる。

それから連射が止んで、静まり返った空気に雑踏を踏む足音が一足。
こちらに来るか、ヒストリアは固唾を飲んで期待したが、それを阻む声が上がった。

「先輩、罠ですよ」

煙幕を焚くことに徹して静観している男の方である。

「あぁ。だろうな、……だが探知に乱れがあった」

足音が止まり、更にもう一本の矢が飛んでくる。
その矢もルーメンが魔法で捕らえ、ヒストリアを狙った何本もの矢が磁気の狂った羅針盤の如く宙を回転していた。

「あまり近づかない方がいいかと」
「だが確認は必要だ」

「ならもう好きにしてください」

長身の男は意外にもあっさりと引いた。
罠と見破っていながら近付いてくる足音は一つ。

様子を見ているのか、それとも先ほどの投げやりな言葉は本音なのかはヒストリアには分からない。
矢に当たらないようヒストリアは頭を低くして身構え息を殺した。

そして次の瞬間、回転する矢が並行になり止まる。
刹那、無数の矢が一斉に放たれた。

幾つもの金属音を弾く音が聞こえ、毒矢がボウガンで叩き落とされたことが分かる。

「それだけか?探知魔法もこれが原因だったか」

ボウガン男が失笑した。

「こんな小細工、大したこと、なっ……!?」

揶揄る言葉は途切れ、激しく咳き込みはじめる。
嗚咽に交じり、ボウガンが地面に落ちる音があった。

ヒストリアは効いたのだと、理解した。

矢に付着していた毒は、空中での高速回転により既に乾ききっていた。
そしてボウガン男が毒矢を叩き落した際に、それは鱗粉となり男を包んで舞う。

必然的に吸引し、大量の毒は急速に男の身体を蝕むのだ。

「俺の毒……?馬鹿なっ……ぐっ、…あ゛ぁ゛っ!はぁ゛っ…おい゛っ!はや゛ぐ、助けろっ!」

「あぁ、やられちゃいました?悪いけど俺、三度目は助けない主義なんですよ」

ボウガン男の叫びに対し、冷めた声が離れた場所で聞こえる。

「くそがあ゛っ!!はぁっ…なぜ、だ…っ!…あの女だって、吸ったはず、なんじゃ…」

先ほどの攻撃でヒストリアの周囲のみ煙幕が少しだけ散っていた。
霞がかって見える視界の少し先には、地面にへばりつく男の姿があった。

一瞬、視線が合った気がする。
男は瞠目していた。


「私は大丈夫なの。あなただけ、あなただけが死ぬのよ……」

その身体をルーメンの拡張魔法によって急成長した植物の太い茎が一本ドッと突き破る。
声を上げず男は息絶えて、その直後に突風が吹き抜けた。

ルーメンが風で煙幕を晴らしたのだ。
晴れた空の元、ヒストリアは蜘蛛の糸で細かく編まれた白いベールとローブを纏っていた。


乾燥した毒がヒストリアにかからないよう蜘蛛の糸が粉塵を全て絡め取っているため、毒を浴びたのはボウガン男ただ一人のみ。

晴れた視界でベリルが長身の男に向けて威嚇射撃し、ルーメンが間合いを詰めに行く。

「効率重視も失敗すりゃぁ、ただの欲張り損だな。でも面白いもん見せてもらいましたよ」

しかし長身の男の退避判断の方が早く、遠くに転がる死体を見て呆れた口調で零し笑った。

「その女を殺すのはまた今度かな。それよりユリアン、お前は逃がさないよ」

刹那、緩やかに口角を持ち上げヒストリア達とは無関係の場所に向かって長い針を一斉に投擲する。
予期せぬ位置からゆらりと灰色の生き物が姿を現し、その後、どさりと倒れた。

「せめて最低限度の仕事はしなきゃねぇ……殺すか回収なら、殺す一択でしょ。そこら辺も先輩は甘かったからなぁ」

倒れたのは家に置いてきた筈の仔猫だった。

「んじゃあ、また今度。魔法使いは会いたくないけど」

長身の男は石を放り捨てると言い残し、煙幕をはって姿を消した。
無数の刺し傷によって血を流す子猫の元へヒストリアは駆け寄り、弱々しくなってゆく呼吸に狼狽える。

「なんでここにっ!?どうして?まさか追ってきたの……!?」

膝をつき動揺を露わにするヒストリアの背後でルーメンは佇み、血濡れた仔猫を凝視すると掠れた声で呟いた。


「――あり得ない」


逡巡し、黄金色の瞳を細め顔を歪めた。


「まさか、人に戻れなかったとでもいうのか……」
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