冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
「ルーメンっ……!」
そこには息を切らし現れたルーメンの姿があった。
男達を捕捉せんと蠢く枝葉にボウガンを背負った男はヒストリア達に向けていた拳銃を落とし後方へ退避する。
咄嗟にロマを抱き寄せ、男らが警戒し退避する隙にベリル達と合流する。
長身の男は襲いかかる植物をナイフで切り裂きながら退き、苛立ち混じりに顔を歪ませていた。
「だから言ったじゃないですか。女殺して、ユリアン攫って、一つずつ片付けましょうって!先輩のせいですよ」
声を荒げるなり長身の男はヒストリア達に向かって何か投げ、それは着弾と同時に濃い煙が一帯を包んだ。
視界が阻まれ、ルーメンがどこに居るのか分からない。
ヒストリアは咽せるロマの背を摩り口元を手で庇う。
「煙幕か……離れるなよ。静かにしてろ、あっちも見えねぇはずだ」
濃い煙幕に、ベリルの声音には一抹の緊張が混じっていた。
ヒストリアは頷き慎重に周囲を見渡したが、やはり手の届く距離しか何がどうなっているか分からない。
「頭を下げろ!」
ベリルが突如声を荒げた。
次の瞬間、煙の中から鋭い何かが飛んできた。
それが矢だと理解すると同時に身体が強張りヒストリアは無意識に目を瞑る。
しかしいつまで経っても痛みに襲われることはなく、恐る恐る瞼を上げた。
矢はヒストリアの手前で回転しながら止まっていた。
まるで空気の渦に巻き込まれたかの如く、くるくると不安定に周り、そのあと地面に落ちて、刹那ヒストリアの腕が引かれ大きな身体に包まれる。
見上げればルーメンが居て、額には汗が滲んでいた。
「遅くなってすまない」
ヒストリアは力が抜ける身体を奮い立たせ返事をしようと口を開いたが、更に矢が飛んできた。
ルーメンが同じ方法で矢を止めたあと、拳銃をベリルへと手渡す。
それは先程ボウガン男が落としたベリルの拳銃だった。
「移動しよう。近くに岩がある」
ルーメンの冷静な声が皆を促し、ベリルが頷いた。
「いいか、今からやるのは隠れんぼだ。絶対に声を出すなよ。怖いだろうが俺達を信じろ。出来るか?」
言ってベリルが双子の頭を撫でる。
「……うん……」
対して無言で頷くティアと怯えた声で返事をするロマに、ヒストリアは胸の奥が痛み眉を歪めた。
こんな小さな子供に恐ろしい思いをさせて、――自分のせいだ。
「ベリル。これを渡しておく。無いよりマシだろう」
ヒストリアはルーメンの声にハッとした。
ルーメンが渡していたのは小石から生成された短剣だった。
「矢の威力はそこそこだ。これで十分だろ、助かる」
瞬間、風を切る音にベリルが反応して矢を払い落とし、ルーメンがその切先を見て言った。
「……毒が塗ってあるな。当たらないよう気をつけて行こう」
ルーメン誘導に従ってヒストリア達は走った。
その間も断続的に矢はヒストリアを追って的確に飛んでくる。
「どうして位置が分かるの……!」
少し走ったところで目的の岩に辿り着き、蜘蛛の巣を張った大人の背丈ほどの切り立つ二つの岩の隙間に身体を寄せ、信じられないとばかりにヒストリアは溢した。
「勘で撃ってるとは思えねぇな」
「それに俺の魔法の効果範囲も把握されているようだ。距離を取られている」
相変わらず視界は悪く、次々に煙で焚かれ敵の位置が把握できない。
「ベリル、怖いよぉ……」
止むことのない攻撃に、ついにロマが鼻を啜り泣き始める。
その不安な空気にティアも顔をくしゃくしゃに歪め、必死に涙を堪えながら肩を震わせ、ベリルは片腕で二人を抱きしめた。
「怖いよな。だが大丈夫だ、必ず守る」
今はそう言うしかない。
ロマ達を慰めるベリルの姿にヒストリアは焦燥感を募らせ、浅い呼吸を何度も繰り返した。
相手はルーメンが魔法使いであることを知っていて、なぜかその魔法の効果範囲を理解している。
距離を取られたまま今の状態で隠れ続けるのは不味いが、ルーメンやベリルがここから動けないのはヒストリア達が居るからだ。
ひとまずルーメンが植物で蔦の壁を作り、ベリルが隙間から銃で応戦しているが、ボウガン男は移動しながら撃っているため防戦一方だ。
ルーメンは毒矢を見遣りながら悔し紛れに言った。
「あれは間違いなく探知魔法だ。やはり追跡対象はヒストリアか……」
毒矢は蔦の壁や岩などの遮蔽物がなければ命中していたであろう場所に精密に打ち込まれていた。
「俺達と同じ髪色だが、あいつらも魔法使いだったってことか?」
ベリルが横目で見て問えばルーメンは短く首を振った。
「いや、魔法使いは別にいる。ボウガンの男が魔法の込められた石を所持しているはずだ」
「彼奴らユリアンの位置がどうとか言ってたがそれのことか」
ベリルが言った瞬間、ルーメンが視線を足元へ流し呟く。
「ユリアン……?まさか……いや、彼女は違う……」
知り合いなのだろうか、男達がヒストリアとは別に探している対象だ。
しかしルーメンは直ぐにユリアンについて考えることを止めた様子で、ヒストリア達に向き直った。
「……仕方ない。ひとまず煙幕を風で散らすぞ。このままでは一方的だ」
ヒストリアの位置が特定されている以上、この煙幕は隠れ蓑にはならない。
二手に別れ動いたとしても、位置を知る二人と敵に位置が分からないヒストリア達では分散させたところで向こうに利があるのは変わらないのだ。
だが煙幕を消したところで遠距離からの攻撃を続ける相手を詰めるにはリスクを伴う。
なぜならヒストリアの的確な位置を把握しているだけで、煙幕があるからこそ遮蔽物の形状が可視出来ないため幸いボウガンの毒矢がまだ一本もヒストリア達に当たっていないのだ。
ヒストリアはベリルにしがみつくロマとティアを見つめたあと言った。
「待って、ルーメン」
「……どうした?」
「私の位置さえ分からなければむしろ煙幕は都合がいいわ。そうでしょう?少しでいいから遮断出来ないの?」
「……難しいな。あの探知魔法は名を支配した対象の身体に流れる聖力に反応している」
「だから聖女の私を特定出来るのね」
「厳密には少し違う。聖女でなくとも人には微弱な聖力が流れているらしい。つまり名前さえ分かっていれば誰でもどこまでも追跡可能だ。ある意味、聖力を伝播する空気を意図的に揺らせば乱れぐらいは作ることが出来るが……遮断はほぼ不可能だ」
なるほど、と独りごちた。
ヒストリアにとってルーメンの答えは十分だった。
完全に遮断できるならそれに越したことはない。
それをしなかったルーメンのこれまでの行動から、そこまでは推察できる。
ルーメンはきっと、ヒストリアが今考えていること聞けば反対するだろう。
その可能性を考慮した結果の問いだったが、得られた言葉は、ある種の希望だった。
「つまり彼奴らが握っていた石を破壊しねぇ限り、場所を特定され続けるってことか……」
ベリルが溜息混じりに呟く。
「あぁ。そういうことだ。だが視界が悪いなか破壊するために安易に動くのは得策じゃない。だからこそ視界を確保するのが最優先だ」
ルーメンが諭すように言ったがヒストリアは真っ直ぐ見据え眉根を寄せた。
「……いいえ、違うわ。分からないからいいのよ……」
それからベリルへ視線を向けた。
「わざわざ煙幕を使うのはルーメンと直接やり合いたくないってことよね。ベリルはどう考える?」
「遠距離からの攻撃しかしてこねぇ、ルーメンを厄介だとも言っていたな……間違いなく接近戦は不利なんだろ」
「それよ。おそらく私の位置とルーメンの位置はほぼ同じと考えて距離を取っているはずだわ。だから三つに別れる。ベリルとロマとティアはここに隠れていて。私が的になるから、ルーメンは攻撃の方向から敵の位置を特定して魔法で捕獲出来る範囲まで行くのよ。私に矢が当たらないようさっきみたいに宙に浮かせながらね」
「なにを言い出すんだ」
ルーメンは身を乗り出してヒストリアの手首を掴んだ。
当然の反応だろう。ヒストリアは貴重な大聖女なのだから。
ヒストリアは静かにその手を制し続けた。
「いいから聞いて。探知魔法に乱れを作るの。当然、手応えのない矢と探知魔法の乱れを気にして確認しに近づくはずよ。相手が魔法を借りているだけの人間なら正しく探知されているかどうかは死活問題……きっと妥協点ギリギリまで近づくわ。そこを攻撃するの」
「なるほど……敵がお前を中心に魔法の展開範囲を考慮していたとして、ルーメンが別行動してりゃ既に展開範囲に入っているということか……。ボウガン打ってきてる方は短気だ。運が良けりゃかかるかもな……」
ベリルが頷き思案する一方、ルーメンは即座に言い募った。
「駄目だ。君を危険に晒すわけにはいかない」
眉根を寄せ黄金色の瞳が鋭く細められたが、ヒストリアは譲れなかった。
「私は早くこの子達を安全な場所へ連れて行きたいの」
「…………だが、確実に誘き出せるとは限らない」
「危険だけど上手くいけばみんなが安全よ」
「その皆に君は入っていないだろう」
「でも私のせいでロマとティアにまで怖い思いをさせてるのが嫌なのよ!」
本音だった。
王都にいた頃は子供に興味などなく、むしろ邪険にしていた。
だがロマとティアは特別だ。
ヒストリアにとって”脅威でない存在“というのは特別だったのだ。
平民の子だからか、ベリルと共にいる子だからか、理由が分からないが、擦れていない天真爛漫な二人は必要以上に警戒する必要がなく信用出来た。
この辺境では貴重な存在。
容易に理解されない感情だろうが、ヒストリアにとっては救いであり、守りたい理由として十分な価値があったのだ。
その子供らが自分のせいで怖がっているのはヒストリア自身が許せない。
「それにもう、されるがまま何も出来ない女でいたくないの!」
声を顰めての応酬に、ルーメンは呆れを孕んだ溜息を吐き出したあと視線をあげた。
そこには大きな蜘蛛が岩を這っていた。
さらに上には二つの岩を繋ぐ蜘蛛の巣。
そこに小さな蛾が数匹引っかかっている。
あれと同じだ。
以前のヒストリアなら自分に罠が張り巡らされていることに気付かず、無力に捕食されていた。
だが今は違う。
「……分かった。だが自己犠牲は嫌いだ。確実に仕留められる方法にする」
そこには息を切らし現れたルーメンの姿があった。
男達を捕捉せんと蠢く枝葉にボウガンを背負った男はヒストリア達に向けていた拳銃を落とし後方へ退避する。
咄嗟にロマを抱き寄せ、男らが警戒し退避する隙にベリル達と合流する。
長身の男は襲いかかる植物をナイフで切り裂きながら退き、苛立ち混じりに顔を歪ませていた。
「だから言ったじゃないですか。女殺して、ユリアン攫って、一つずつ片付けましょうって!先輩のせいですよ」
声を荒げるなり長身の男はヒストリア達に向かって何か投げ、それは着弾と同時に濃い煙が一帯を包んだ。
視界が阻まれ、ルーメンがどこに居るのか分からない。
ヒストリアは咽せるロマの背を摩り口元を手で庇う。
「煙幕か……離れるなよ。静かにしてろ、あっちも見えねぇはずだ」
濃い煙幕に、ベリルの声音には一抹の緊張が混じっていた。
ヒストリアは頷き慎重に周囲を見渡したが、やはり手の届く距離しか何がどうなっているか分からない。
「頭を下げろ!」
ベリルが突如声を荒げた。
次の瞬間、煙の中から鋭い何かが飛んできた。
それが矢だと理解すると同時に身体が強張りヒストリアは無意識に目を瞑る。
しかしいつまで経っても痛みに襲われることはなく、恐る恐る瞼を上げた。
矢はヒストリアの手前で回転しながら止まっていた。
まるで空気の渦に巻き込まれたかの如く、くるくると不安定に周り、そのあと地面に落ちて、刹那ヒストリアの腕が引かれ大きな身体に包まれる。
見上げればルーメンが居て、額には汗が滲んでいた。
「遅くなってすまない」
ヒストリアは力が抜ける身体を奮い立たせ返事をしようと口を開いたが、更に矢が飛んできた。
ルーメンが同じ方法で矢を止めたあと、拳銃をベリルへと手渡す。
それは先程ボウガン男が落としたベリルの拳銃だった。
「移動しよう。近くに岩がある」
ルーメンの冷静な声が皆を促し、ベリルが頷いた。
「いいか、今からやるのは隠れんぼだ。絶対に声を出すなよ。怖いだろうが俺達を信じろ。出来るか?」
言ってベリルが双子の頭を撫でる。
「……うん……」
対して無言で頷くティアと怯えた声で返事をするロマに、ヒストリアは胸の奥が痛み眉を歪めた。
こんな小さな子供に恐ろしい思いをさせて、――自分のせいだ。
「ベリル。これを渡しておく。無いよりマシだろう」
ヒストリアはルーメンの声にハッとした。
ルーメンが渡していたのは小石から生成された短剣だった。
「矢の威力はそこそこだ。これで十分だろ、助かる」
瞬間、風を切る音にベリルが反応して矢を払い落とし、ルーメンがその切先を見て言った。
「……毒が塗ってあるな。当たらないよう気をつけて行こう」
ルーメン誘導に従ってヒストリア達は走った。
その間も断続的に矢はヒストリアを追って的確に飛んでくる。
「どうして位置が分かるの……!」
少し走ったところで目的の岩に辿り着き、蜘蛛の巣を張った大人の背丈ほどの切り立つ二つの岩の隙間に身体を寄せ、信じられないとばかりにヒストリアは溢した。
「勘で撃ってるとは思えねぇな」
「それに俺の魔法の効果範囲も把握されているようだ。距離を取られている」
相変わらず視界は悪く、次々に煙で焚かれ敵の位置が把握できない。
「ベリル、怖いよぉ……」
止むことのない攻撃に、ついにロマが鼻を啜り泣き始める。
その不安な空気にティアも顔をくしゃくしゃに歪め、必死に涙を堪えながら肩を震わせ、ベリルは片腕で二人を抱きしめた。
「怖いよな。だが大丈夫だ、必ず守る」
今はそう言うしかない。
ロマ達を慰めるベリルの姿にヒストリアは焦燥感を募らせ、浅い呼吸を何度も繰り返した。
相手はルーメンが魔法使いであることを知っていて、なぜかその魔法の効果範囲を理解している。
距離を取られたまま今の状態で隠れ続けるのは不味いが、ルーメンやベリルがここから動けないのはヒストリア達が居るからだ。
ひとまずルーメンが植物で蔦の壁を作り、ベリルが隙間から銃で応戦しているが、ボウガン男は移動しながら撃っているため防戦一方だ。
ルーメンは毒矢を見遣りながら悔し紛れに言った。
「あれは間違いなく探知魔法だ。やはり追跡対象はヒストリアか……」
毒矢は蔦の壁や岩などの遮蔽物がなければ命中していたであろう場所に精密に打ち込まれていた。
「俺達と同じ髪色だが、あいつらも魔法使いだったってことか?」
ベリルが横目で見て問えばルーメンは短く首を振った。
「いや、魔法使いは別にいる。ボウガンの男が魔法の込められた石を所持しているはずだ」
「彼奴らユリアンの位置がどうとか言ってたがそれのことか」
ベリルが言った瞬間、ルーメンが視線を足元へ流し呟く。
「ユリアン……?まさか……いや、彼女は違う……」
知り合いなのだろうか、男達がヒストリアとは別に探している対象だ。
しかしルーメンは直ぐにユリアンについて考えることを止めた様子で、ヒストリア達に向き直った。
「……仕方ない。ひとまず煙幕を風で散らすぞ。このままでは一方的だ」
ヒストリアの位置が特定されている以上、この煙幕は隠れ蓑にはならない。
二手に別れ動いたとしても、位置を知る二人と敵に位置が分からないヒストリア達では分散させたところで向こうに利があるのは変わらないのだ。
だが煙幕を消したところで遠距離からの攻撃を続ける相手を詰めるにはリスクを伴う。
なぜならヒストリアの的確な位置を把握しているだけで、煙幕があるからこそ遮蔽物の形状が可視出来ないため幸いボウガンの毒矢がまだ一本もヒストリア達に当たっていないのだ。
ヒストリアはベリルにしがみつくロマとティアを見つめたあと言った。
「待って、ルーメン」
「……どうした?」
「私の位置さえ分からなければむしろ煙幕は都合がいいわ。そうでしょう?少しでいいから遮断出来ないの?」
「……難しいな。あの探知魔法は名を支配した対象の身体に流れる聖力に反応している」
「だから聖女の私を特定出来るのね」
「厳密には少し違う。聖女でなくとも人には微弱な聖力が流れているらしい。つまり名前さえ分かっていれば誰でもどこまでも追跡可能だ。ある意味、聖力を伝播する空気を意図的に揺らせば乱れぐらいは作ることが出来るが……遮断はほぼ不可能だ」
なるほど、と独りごちた。
ヒストリアにとってルーメンの答えは十分だった。
完全に遮断できるならそれに越したことはない。
それをしなかったルーメンのこれまでの行動から、そこまでは推察できる。
ルーメンはきっと、ヒストリアが今考えていること聞けば反対するだろう。
その可能性を考慮した結果の問いだったが、得られた言葉は、ある種の希望だった。
「つまり彼奴らが握っていた石を破壊しねぇ限り、場所を特定され続けるってことか……」
ベリルが溜息混じりに呟く。
「あぁ。そういうことだ。だが視界が悪いなか破壊するために安易に動くのは得策じゃない。だからこそ視界を確保するのが最優先だ」
ルーメンが諭すように言ったがヒストリアは真っ直ぐ見据え眉根を寄せた。
「……いいえ、違うわ。分からないからいいのよ……」
それからベリルへ視線を向けた。
「わざわざ煙幕を使うのはルーメンと直接やり合いたくないってことよね。ベリルはどう考える?」
「遠距離からの攻撃しかしてこねぇ、ルーメンを厄介だとも言っていたな……間違いなく接近戦は不利なんだろ」
「それよ。おそらく私の位置とルーメンの位置はほぼ同じと考えて距離を取っているはずだわ。だから三つに別れる。ベリルとロマとティアはここに隠れていて。私が的になるから、ルーメンは攻撃の方向から敵の位置を特定して魔法で捕獲出来る範囲まで行くのよ。私に矢が当たらないようさっきみたいに宙に浮かせながらね」
「なにを言い出すんだ」
ルーメンは身を乗り出してヒストリアの手首を掴んだ。
当然の反応だろう。ヒストリアは貴重な大聖女なのだから。
ヒストリアは静かにその手を制し続けた。
「いいから聞いて。探知魔法に乱れを作るの。当然、手応えのない矢と探知魔法の乱れを気にして確認しに近づくはずよ。相手が魔法を借りているだけの人間なら正しく探知されているかどうかは死活問題……きっと妥協点ギリギリまで近づくわ。そこを攻撃するの」
「なるほど……敵がお前を中心に魔法の展開範囲を考慮していたとして、ルーメンが別行動してりゃ既に展開範囲に入っているということか……。ボウガン打ってきてる方は短気だ。運が良けりゃかかるかもな……」
ベリルが頷き思案する一方、ルーメンは即座に言い募った。
「駄目だ。君を危険に晒すわけにはいかない」
眉根を寄せ黄金色の瞳が鋭く細められたが、ヒストリアは譲れなかった。
「私は早くこの子達を安全な場所へ連れて行きたいの」
「…………だが、確実に誘き出せるとは限らない」
「危険だけど上手くいけばみんなが安全よ」
「その皆に君は入っていないだろう」
「でも私のせいでロマとティアにまで怖い思いをさせてるのが嫌なのよ!」
本音だった。
王都にいた頃は子供に興味などなく、むしろ邪険にしていた。
だがロマとティアは特別だ。
ヒストリアにとって”脅威でない存在“というのは特別だったのだ。
平民の子だからか、ベリルと共にいる子だからか、理由が分からないが、擦れていない天真爛漫な二人は必要以上に警戒する必要がなく信用出来た。
この辺境では貴重な存在。
容易に理解されない感情だろうが、ヒストリアにとっては救いであり、守りたい理由として十分な価値があったのだ。
その子供らが自分のせいで怖がっているのはヒストリア自身が許せない。
「それにもう、されるがまま何も出来ない女でいたくないの!」
声を顰めての応酬に、ルーメンは呆れを孕んだ溜息を吐き出したあと視線をあげた。
そこには大きな蜘蛛が岩を這っていた。
さらに上には二つの岩を繋ぐ蜘蛛の巣。
そこに小さな蛾が数匹引っかかっている。
あれと同じだ。
以前のヒストリアなら自分に罠が張り巡らされていることに気付かず、無力に捕食されていた。
だが今は違う。
「……分かった。だが自己犠牲は嫌いだ。確実に仕留められる方法にする」