買われた花嫁
プロローグ
 オフィスを包む夜の静寂が、これほどまでに心細く、そして甘やかな期待を抱かせるものだとは知らなかった。

 定刻をとうに過ぎ、同僚たちが次々と「お先に」と席を立つ中、私はひとり、デスクの隅に置かれた香料の試作瓶をそっと傾けていた。

 ふわりと広がるのは、雨上がりの午後に咲く花々をイメージした、瑞々しくもどこか切ない香り。本来ならば心を落ち着かせてくれるはずのその香りが、今の私の焦燥感を鎮めることはできない。

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