Re:Romance


「今日はいいことありそう♫」


 高市さんが、積まれたローン申込書を、パラパラ漫画のようなスピードで記入漏れがないかを確認していく。  
 

「私も朝から同じこと思ってます。」

「先輩も香椎課長のたそがれ姿見たんですか?」

「はい?」

「香椎課長、上の階の会議室で一人でたそがれてたんですよ!いつもチャラけてるスパダリが朝からたそがれてるって、萌えすぎません?! 今日は絶対吉日ですよ!」


 それはどう考えても朝からサボってるだけじゃん。


 あれか、婚約者の浮気調査から逃げてるんか。


 愛用しているミント色のボールペンがキーボードの隙間に挟まれていて、なんとなく見つめてみる。


 実来君からは社内メールで、横浜港付近の中古車仕入先候補一覧表が届いていた。


〈中古車仕入れの件、候補先一覧表を添付します。先輩はその32件に連絡して下さい。僕は横浜市内のMURANOに掛け合ってみます。できれば一箇所で量を確保できるところに絞って、大量仕入れで値引き交渉に漕ぎ着けましょう。  実来〉


 先輩に指示する優秀な後輩からのメッセージ。


 スマホの電波から、《菓子折弁当と32件の一覧表、そしてラブホ置き去り代を頂き誠にありがとうございました⁠♡》と返しておいた。


 とりあえず、ネットバンキングで3行の銀行回りをしてから、実来君からもらった候補先一覧表を打ち出す。


 なんとなく気になって、席を立った。



 上の階の小さな会議室。新車部の方とは違ってコンパクトな対面式スペース。


 ドアに付けられた棒状の長い窓から中を覗けば、確かに香椎がたそがれている。こら。一番奥の椅子を窓辺に移し、ブラインドを少し上げ、窓の外を見ていた。


 いつも頼られる背中を丸めて、窓のヘリに両腕をついて。酷くお疲れの様子だ。
 

 ドアをノックしても反応がないから、カチャリとノブをひねった。


「課長、お疲れ様です。」

「おう。里夏〜」


 プライベート用の名前で呼ばれて、私もどっと疲れを感じた。まだ朝だけど、社内を私用空間に変えられて顔面の筋肉がゆるむ。


 分厚い眼鏡を外してテーブルの上に乗せると、私も椅子を窓辺につけた。


 隣に座る香椎が、気だるい声で鳴く。


「にゃ〜」

「香椎が可愛くなろうとしても無駄な抵抗なんだってば」

「その言葉そっくりそのまま返してやる」

「にゃーん」

「俺が間違ってた。やっぱかわいいわ。」


 はは、と照れを渇いた笑いでにごす。


 香椎が両腕に顔を乗せたたまこっちを向いて。そして珍しくぼやいた。


「俺って、ジジイになっても親の言うなりなんかな。」

「え?」

「親がさ、結婚式の招待客で揉めに揉めててさ。」  

「あー、親戚のいざこざとかよく聞くわ〜」

「会場だって親が決めて、日取りに衣装に料理に? 引き出物だって全部親が決めてんだべ?」

「楽でいいじゃん。」

「俺、33だよ? 課長やってんだよ? それなのにまだ親が出てくるって。典型的な馬鹿息子じゃね?」   
  
  
 親に期待も関与もされない人生よりは全然マシじゃん。


 そう言おうかと思ったけど、やめた。香椎とはあまりに境遇が違いすぎる。







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