甘い夢はもう見ない〜お見合い結婚から始まる両片想いの恋〜
妻に恋してしまうとは
「常務、おはようございます」
「おはようございます。早速会議を始めましょう。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」

渡米を翌週に控えて、左京は会社の海外事業部の主要メンバーと会議に臨んでいた。

常務取締役とはいえ、まだまだ30歳の自分は経験不足。
そこで左京は、プレイングマネージャーのように、第一線でも仕事をこなしていた。

「アメリカでは、まずロサンゼルスの橘グループのホテルを視察し、そこから新規開拓を目指す候補地を2か所見て回る。コンセプトは『贅沢なひと時を過ごせる純和風の旅館』。全10部屋ほどの、ゆったりとした離れのような造りで、日本と変わらぬ上質なおもてなしをご提供したいと考える。テーマは……」

左京は会議室前方のスクリーンに、地図と旅館のイメージ画像を映し出す。

「『雪と桜』だ」

スクリーンには、アメリカの雄大な山々のふもとに、大自然と溶け込むような和風の旅館と桜が描かれていた。

「候補地の1つ目は、アスペン。コロラド州のロッキー山脈に位置する、世界有数の高級スキーリゾートだ」

スクリーンを切り替えると、白銀の山々が映し出された。

「ここは富裕層やセレブが集まり、4月でも雪が積もる。この地に、ヤマザクラやエドヒガンなど耐寒性のある桜を植樹したい」

左京は次の画像へと移る。

「もう1か所は、ワシントン州。マウント・レーニアの入り口に位置するアッシュフォードだ」

映し出されたのは、緑の森と遠くにそびえる雪山。

「近郊のシアトル市内には桜の名所も多く、特にワシントン大学には千本以上の日本由来の桜がある。現地の人々においても、桜は十分に認知された存在だ。加えてシアトルは、Microsoft をはじめとするテック企業の集積地でもある。本物志向の富裕層が多く、静かな環境での滞在ニーズは高い」

スクリーンに、森の中の邸宅が映る。

「アッシュフォードへはシアトル市内から車で2時間半。隠れ家のような離れの部屋で、デジタルデトックスを兼ねたおこもり体験をしていただきたい」

若い社員だけでなく、年配の社員も頷きながら左京の言葉に聞き入る。

左京は資料から顔を上げて、社員を見渡した。

「これらを成功させるポイントは『空間と体験』だ。まずはハード面」

・雪見障子
・桜の回廊
・暖炉や囲炉裏
・客室露天風呂
・全館畳+床暖房

「次にサービス面だ」

・スタッフは着物を着ておもてなし
・部屋食での和食提供
・茶道や華道などの体験
・着物レンタル

「これに限らず、自由に意見を出してほしい」

そう言って一歩下がると、すぐに声が上がった。

「禅の体験はいかがでしょう。ヨガが浸透しているので、需要はあると思います」
「日本の伝統工芸品の販売も魅力的かと」
「雪の下で熟成させた日本酒やワインの提供も面白いですね」
「琴や三味線の演奏が出来る在米日本人の採用もよろしいかと」

様々な意見が挙がり、左京も頷く。

引き続き案を練ることにして、会議は有意義に終了した。
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