甘い夢はもう見ない〜お見合い結婚から始まる両片想いの恋〜
清く正しく美しい毎日
「奥様、毎朝お見送りしてくださるなんて、すてきですね」

自宅マンションから会社へと向かう車内で、ハンドルを握りながら、秘書の戸部(とべ)はバックミラー越しに左京に笑いかける。

「理想の結婚を絵に描いたようで、憧れます。お幸せですね」

左京は、スケジュールを確認していたタブレットから顔を上げた。

「そうだな。いささか昭和初期にタイムスリップした気にもなるが」

そう言うと戸部は、は?と笑顔を消してポカンとする。

「いや、なんでもない」

左京は再び視線を落とした。

(いくらおしとやかな女性でも、あそこまでとはな。まるで俺が亭主関白みたいだ。もしや本気でそう思われているのか?)

考えると不安になってくる。

(確かに俺は女性に対して愛想は良くない。愛しているとささやいたり、さり気なく抱き寄せてキスしたりも出来ない。その自覚はある。だが、威圧的な頑固オヤジのような振る舞いはしていないはずだ。なのにどうして……)

結婚して3か月。
最初は気負ってがんばりすぎているのだろうと思っていたが、未だに桜子は手を抜かない。

それどころか、ますます磨きがかかっているようにも思える。

桜子は、とにかく完璧だ。
食事は栄養バランスを考えた一汁三菜。
部屋にはホコリ1つなく、水回りもいつもピカピカ。

ワイシャツやハンカチはピシッとシワなくアイロンがかけられ、ネクタイとのコーディネートを考えて並べられていた。

毎晩左京が風呂から上がると、よく冷えたグラスにビールを注ぎ、手作りのおつまみを並べる。

洗い物や翌日の朝食の下ごしらえをしてからようやく風呂に入り、先に寝室に入った左京を起こさぬよう、そっとベッドに潜り込む。
ふうと小さく息をついたかと思うと、次の瞬間にはスーッと寝入るのだ。

翌朝は左京が目覚める前に起きて朝食を作り、ダイニングで「おはようございます」と笑顔で挨拶する。

出かける時間になれば、玄関で左京のスーツのジャケットを広げて羽織らせ、靴べらをサッと手渡してから鞄を持つ。

鞄はどうやら車まで自分が持って行くつもりらしかったが、さすがにそれは辞めてほしくて、横から手を伸ばして取り上げた。

エレベーターではボタンをサッと押し、ドアに手を添えて左京を促す。

車に乗り込む前に「行ってらっしゃいませ」と微笑んで、見えなくなるまで見送る。

それが二人の新婚生活だった。
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