甘い夢はもう見ない〜お見合い結婚から始まる両片想いの恋〜
悠久の時の中で
(え……)
トイレから出ようと立ち上がった瞬間、太ももにサーッと何かが伝う違和感を感じて、桜子は動きを止める。
視線を落とすと、足元に羊水が広がっていた。
「左京さん」
昼の12時だがたまたまその日は日曜日で、リビングでパソコンに向かっていた左京に、桜子は声をかける。
「どうした? 桜子」
左京はすぐさま立ち上がり、桜子のもとへやって来た。
「はい、あの。破水したみたいで……」
「え?」
一瞬の間のあと、左京はスッと表情を変えて真剣に桜子の様子をうかがう。
「今、バスタオルを持って来る。痛みは?」
「それが、だんだん大きくなってて……」
その時またズキンとお腹が痛み、桜子は顔をしかめた。
「桜子、大丈夫だから。とにかく一旦座ろう」
左京はバスタオルを大量に持って来るとソファに敷き、その上に桜子をゆっくりと座らせる。
「なるべく安静にな。すぐに病院に連絡する」
スマートフォンを取り出し、片手で桜子の手を握りながら左京は病院に連絡を入れた。
「……はい、そうです。3分ほど前に破水したようです。痛みもだんだん強くなっているようで。……分かりました、すぐに向かいます」
電話を切ると、左京は桜子に大きく頷いてみせる。
「これから病院へ行こう。荷物はまとめてあるよな?」
「はい、クローゼットの中に。母子手帳も入ってます」
「分かった。今、タクシーを呼ぶから」
「あ、でも……、破水してるから」
車の振動で大量に羊水が流れ、シートを汚さないかと心配だった。
「ああ、そうか。それなら戸部を呼ぶ」
左京が連絡すると、戸部は「直ちにまいります」とすぐさま電話を切り、20分で到着する。
桜子は左京に支えられながら、ゆっくりとマンションのロータリーに向かった。
「奥様、大丈夫ですか?」
「はい。戸部さん、お休みの日にすみません」
「とんでもない。むしろ呼んでくださってありがとうございます。戸部一郎、必ずや奥様と赤ちゃんを無事に送り届けますので」
「ありがとうございます」
戸部さん、一郎って名前なんだ、と桜子は妙なところに感心しつつ、左京がバスタオルを敷き詰めた後部シートに座る。
「戸部、くれぐれも安全運転で頼む」
「もちろんでございます。全集中でまいります」
静かに車が動き出し、桜子はホッと肩の力を抜いた。
するとまたしても大きな痛みの波がやって来て、桜子は思わず左京と繋いだ手をギュッと握りしめる。
「桜子、大丈夫か?」
「はい、波が引けば……。ふう」
大きく息を吸って痛みを逃していると、左京が腕時計に目を落とした。
「……10分を切ってるな」
小さく呟き、はやる気持ちを抑えるように息を吸ってから、桜子の肩を抱く。
「俺がついている。大丈夫だからな、桜子」
「はい、ありがとうございます」
しばらくすると戸部が「着きました! 玄関の前に横付けします」と声をかけてきた。
「よし、戸部、荷物をあとで持って来てくれ。俺は先に桜子を運ぶ」
「承知しました」
車が停止すると、左京はドアを開けて桜子を抱き上げ、そのまま病院に入る。
「陣痛の間隔が既に7分です」
出迎えたナースにそう告げると「すぐに分娩室へ、こちらです」と案内された。
「桜子、大丈夫か?」
桜子を腕に抱いて歩きながら、左京は顔を覗き込む。
「うん……」
桜子が心細さと痛みに涙を浮かべると、左京は優しくその額にキスをした。
「ずっとそばにいるから」
「はい。ありがとう、左京さん」
分娩室に入ると、左京はそっと桜子を分娩台に寝かせる。
左京がガウンを着る間に、桜子も分娩用のガウンに着替えた。
「こんにちは、橘さん。診察しますね」
ドクターが入って来て、手早く桜子を診察する。
「確かに破水してますね。子宮口もほぼ全開。このままお産に進みましょう」
「はい」
左京は桜子の枕元で、しっかりと桜子と手を握り合った。
「桜子、痛みが来たら俺の手をどんなにひねってもいいから」
「はい……んっ……」
痛みをこらえる桜子を励ましつつ、波が去ると優しく頭をなでる。
「がんばれ、桜子」
「うん、赤ちゃんに会いたい」
「ああ、もうすぐ会えるからな」
やがて助産師が「ではいきんでいいですよ。痛みが来たらお腹の下の方に力を入れてください」と声をかけてきた。
桜子は大きく深呼吸してタイミングを計ると、痛みの波に合せてグッと力を入れる。
「上手ですよ、もう一回」
「はい」
渾身の力を振り絞る桜子の細い腕を、左京も懸命に支えた。
二人で息を揃え、力を合わせる。
そして――
「オギャーオギャー」
大きな産声が響き渡った。
「左京さん……」
「桜子……」
二人の目に涙が込み上げる。
「おめでとう、元気な男の子ですよ。はい、ママに抱っこしてもらいましょうね」
桜子の胸元に、生まれたばかりの赤ちゃんが寝かされた。
「わぁ、可愛い」
「ああ、小さくて可愛いな」
声を詰まらせながら、二人で赤ちゃんの頬にそっと触れる。
言葉に出来ない感動を、二人で共有した。
「桜子、ありがとう。よくぞ無事に……。本当にありがとう」
「左京さんも……、そばにいてくれてありがとう」
左京は微笑んで桜子の頭をなでると、愛を込めて額に優しくキスをした。
トイレから出ようと立ち上がった瞬間、太ももにサーッと何かが伝う違和感を感じて、桜子は動きを止める。
視線を落とすと、足元に羊水が広がっていた。
「左京さん」
昼の12時だがたまたまその日は日曜日で、リビングでパソコンに向かっていた左京に、桜子は声をかける。
「どうした? 桜子」
左京はすぐさま立ち上がり、桜子のもとへやって来た。
「はい、あの。破水したみたいで……」
「え?」
一瞬の間のあと、左京はスッと表情を変えて真剣に桜子の様子をうかがう。
「今、バスタオルを持って来る。痛みは?」
「それが、だんだん大きくなってて……」
その時またズキンとお腹が痛み、桜子は顔をしかめた。
「桜子、大丈夫だから。とにかく一旦座ろう」
左京はバスタオルを大量に持って来るとソファに敷き、その上に桜子をゆっくりと座らせる。
「なるべく安静にな。すぐに病院に連絡する」
スマートフォンを取り出し、片手で桜子の手を握りながら左京は病院に連絡を入れた。
「……はい、そうです。3分ほど前に破水したようです。痛みもだんだん強くなっているようで。……分かりました、すぐに向かいます」
電話を切ると、左京は桜子に大きく頷いてみせる。
「これから病院へ行こう。荷物はまとめてあるよな?」
「はい、クローゼットの中に。母子手帳も入ってます」
「分かった。今、タクシーを呼ぶから」
「あ、でも……、破水してるから」
車の振動で大量に羊水が流れ、シートを汚さないかと心配だった。
「ああ、そうか。それなら戸部を呼ぶ」
左京が連絡すると、戸部は「直ちにまいります」とすぐさま電話を切り、20分で到着する。
桜子は左京に支えられながら、ゆっくりとマンションのロータリーに向かった。
「奥様、大丈夫ですか?」
「はい。戸部さん、お休みの日にすみません」
「とんでもない。むしろ呼んでくださってありがとうございます。戸部一郎、必ずや奥様と赤ちゃんを無事に送り届けますので」
「ありがとうございます」
戸部さん、一郎って名前なんだ、と桜子は妙なところに感心しつつ、左京がバスタオルを敷き詰めた後部シートに座る。
「戸部、くれぐれも安全運転で頼む」
「もちろんでございます。全集中でまいります」
静かに車が動き出し、桜子はホッと肩の力を抜いた。
するとまたしても大きな痛みの波がやって来て、桜子は思わず左京と繋いだ手をギュッと握りしめる。
「桜子、大丈夫か?」
「はい、波が引けば……。ふう」
大きく息を吸って痛みを逃していると、左京が腕時計に目を落とした。
「……10分を切ってるな」
小さく呟き、はやる気持ちを抑えるように息を吸ってから、桜子の肩を抱く。
「俺がついている。大丈夫だからな、桜子」
「はい、ありがとうございます」
しばらくすると戸部が「着きました! 玄関の前に横付けします」と声をかけてきた。
「よし、戸部、荷物をあとで持って来てくれ。俺は先に桜子を運ぶ」
「承知しました」
車が停止すると、左京はドアを開けて桜子を抱き上げ、そのまま病院に入る。
「陣痛の間隔が既に7分です」
出迎えたナースにそう告げると「すぐに分娩室へ、こちらです」と案内された。
「桜子、大丈夫か?」
桜子を腕に抱いて歩きながら、左京は顔を覗き込む。
「うん……」
桜子が心細さと痛みに涙を浮かべると、左京は優しくその額にキスをした。
「ずっとそばにいるから」
「はい。ありがとう、左京さん」
分娩室に入ると、左京はそっと桜子を分娩台に寝かせる。
左京がガウンを着る間に、桜子も分娩用のガウンに着替えた。
「こんにちは、橘さん。診察しますね」
ドクターが入って来て、手早く桜子を診察する。
「確かに破水してますね。子宮口もほぼ全開。このままお産に進みましょう」
「はい」
左京は桜子の枕元で、しっかりと桜子と手を握り合った。
「桜子、痛みが来たら俺の手をどんなにひねってもいいから」
「はい……んっ……」
痛みをこらえる桜子を励ましつつ、波が去ると優しく頭をなでる。
「がんばれ、桜子」
「うん、赤ちゃんに会いたい」
「ああ、もうすぐ会えるからな」
やがて助産師が「ではいきんでいいですよ。痛みが来たらお腹の下の方に力を入れてください」と声をかけてきた。
桜子は大きく深呼吸してタイミングを計ると、痛みの波に合せてグッと力を入れる。
「上手ですよ、もう一回」
「はい」
渾身の力を振り絞る桜子の細い腕を、左京も懸命に支えた。
二人で息を揃え、力を合わせる。
そして――
「オギャーオギャー」
大きな産声が響き渡った。
「左京さん……」
「桜子……」
二人の目に涙が込み上げる。
「おめでとう、元気な男の子ですよ。はい、ママに抱っこしてもらいましょうね」
桜子の胸元に、生まれたばかりの赤ちゃんが寝かされた。
「わぁ、可愛い」
「ああ、小さくて可愛いな」
声を詰まらせながら、二人で赤ちゃんの頬にそっと触れる。
言葉に出来ない感動を、二人で共有した。
「桜子、ありがとう。よくぞ無事に……。本当にありがとう」
「左京さんも……、そばにいてくれてありがとう」
左京は微笑んで桜子の頭をなでると、愛を込めて額に優しくキスをした。