深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
信号待ちでふと耳を澄ませば、街頭のスクエア型液晶ビジョンから『Chamomile』のメロディが流れてきた。
柚子は目を細め、静かに息を吐く。
彼が歌うことを選び、自分がその声を届ける手伝いをした。
この数ヶ月の怒涛の日々が、まるで遠い夢のように思える。
けれど、バッグの中で震えたスマートフォンが、それが現実であることを教えてくれた。
『会食、終わりました。今から向かいます』
画面に映る『奏翔さん』という名前。
たったそれだけで、一日の疲れがふわりと溶けていく。
柚子は『先に向かっています』とだけ返信し、タクシーのシートに深く背を預けた。
半地下にある、朝四時まで営業しているカフェ『LAMP』。
カフェと言っても、食事のメニューは驚くほど少なく、ドリンクが殆どだ。
夕食を済ませた後にふらりと、ひとりでも気軽に立ち寄れるその店は、カウンター席が中心。
積極的に売り上げを得ようと営業しているように見えないマスターの本業は、投資家。
カフェ経営は、趣味だそうだ。
老後はそういうのも良いかもしれない。
ほろ酔いの柚子は、だらだらと取り留めのない事を考えながら、いつもの調子で階段を降りていく。
重い扉を開けると、カウベルの音と共に、コーヒーとカモミールの香り……を、完全に上書きするような濃厚な豚骨醤油の匂いが漂ってきた。
「遅れました! わーもう始まってる~。凄い匂いしてきますよ!」
「主役の一人、遅いぞー! ほら、麺伸びる前に食え!」
カウンターで、アルバイトのレイ君と、額を突き合わせるようにひとつのタブレットを見ていた芸人のトシさんが、満面の笑みで迎えてくれた。
どうやら本日の主役である「ご当地ラーメン」は、最近地方ロケの仕事が増え始めたトシさんの土産らしい。
奥のソファ席では、結城さんと、久しぶりに見る徹さんが、なぜか高級ワインのグラスを片手にカップラーメンを啜るという奇妙な光景を繰り広げている。
アルバイトのレイ君は「今度、小さな劇団ですけど舞台決まったんですよ!」と嬉しそうに報告しながら、お湯を沸かすのに奔走していた。
柚子は、ちょうど化粧室から出てきた香奈さんに誘われて、カウンターの一席に陣取る。
柚子は目を細め、静かに息を吐く。
彼が歌うことを選び、自分がその声を届ける手伝いをした。
この数ヶ月の怒涛の日々が、まるで遠い夢のように思える。
けれど、バッグの中で震えたスマートフォンが、それが現実であることを教えてくれた。
『会食、終わりました。今から向かいます』
画面に映る『奏翔さん』という名前。
たったそれだけで、一日の疲れがふわりと溶けていく。
柚子は『先に向かっています』とだけ返信し、タクシーのシートに深く背を預けた。
半地下にある、朝四時まで営業しているカフェ『LAMP』。
カフェと言っても、食事のメニューは驚くほど少なく、ドリンクが殆どだ。
夕食を済ませた後にふらりと、ひとりでも気軽に立ち寄れるその店は、カウンター席が中心。
積極的に売り上げを得ようと営業しているように見えないマスターの本業は、投資家。
カフェ経営は、趣味だそうだ。
老後はそういうのも良いかもしれない。
ほろ酔いの柚子は、だらだらと取り留めのない事を考えながら、いつもの調子で階段を降りていく。
重い扉を開けると、カウベルの音と共に、コーヒーとカモミールの香り……を、完全に上書きするような濃厚な豚骨醤油の匂いが漂ってきた。
「遅れました! わーもう始まってる~。凄い匂いしてきますよ!」
「主役の一人、遅いぞー! ほら、麺伸びる前に食え!」
カウンターで、アルバイトのレイ君と、額を突き合わせるようにひとつのタブレットを見ていた芸人のトシさんが、満面の笑みで迎えてくれた。
どうやら本日の主役である「ご当地ラーメン」は、最近地方ロケの仕事が増え始めたトシさんの土産らしい。
奥のソファ席では、結城さんと、久しぶりに見る徹さんが、なぜか高級ワインのグラスを片手にカップラーメンを啜るという奇妙な光景を繰り広げている。
アルバイトのレイ君は「今度、小さな劇団ですけど舞台決まったんですよ!」と嬉しそうに報告しながら、お湯を沸かすのに奔走していた。
柚子は、ちょうど化粧室から出てきた香奈さんに誘われて、カウンターの一席に陣取る。