計算外の、となりの席。

全勝のあとの、予定外

2月1日、開成。2月2日、聖光学院。2月3日、筑梅大附属。
僕の受験校リストは、塾の先生が「これ以上ない盤石な布陣だ」と太鼓判を押したものだった。
結果は、すべて『合格』。
ネットの画面に表示される「おめでとうございます」の文字を見ても、正直、あまり実感がわかなかった。だって、それ相応の努力をしてきたんだから、当然の結果だ。
結局、僕は「一番自由で、家からも通いやすい」という理由で、国立の筑梅大附属への進学を決めた。開成を蹴ることに塾の先生は泡を吹いていたけれど、僕にはどうでもよかった。
合格から数週間。
あの塾の自習室で感じた「変な動悸」のことは、すっかり忘れていた。
あれはきっと、直前期のストレスが引き起こした一時的なバグ。そう結論づけて、僕は中学からの先取り学習として、英単語帳をめくる日々に戻っていた。
そして、3月の新入生説明会。
真新しい制服の採寸を終え、大講堂のパイプ椅子に座る。
「……眠いな」
周りの新入生たちは、これから始まる中学校生活に期待を膨らませてキョロキョロしている。僕は一人、配られた分厚い資料の『教育課程表』を読み込んでいた。
その時。
「あ、やっぱり! 消しゴムくんじゃん!」
隣に座った女子が、僕の肩をぽんと叩いた。
心臓が、跳ねた。
あの時と同じ。いや、あの時よりもっと強く、ドクン、と。
「……え?」
顔を上げると、そこには、あの短い前髪を少しだけ大人っぽく整えた彼女――杏がいた。
彼女は自分の受験票をひらひらさせながら、満面の笑みで僕を見ている。
「覚えてない? 塾の自習室。ほら、私の消しゴム拾ってくれたでしょ」
「あ……ああ。……受かったんだ」
「うん! ギリギリだったけどね。私、算数の最後の一問、消しゴムくんが拾ってくれた後にパッて解き方思いついたんだよ。あれ、絶対幸運の消しゴムだったんだと思う!」
彼女は楽しそうに笑う。
僕は、なんて返せばいいかわからず、手に持っていた資料を強く握りしめた。
「……僕は、ハル。……消しゴム、じゃない」
「あはは、ごめん! 私は杏。よろしくね、ハルくん」
杏が右手を差し出してくる。
僕は戸惑いながら、その小さな手を握った。
手のひらから伝わる熱が、一瞬で僕の全身に広がっていく。
『集中力の欠如。原因、不明』
僕の脳内にある高性能な論理回路が、一気にショートした音が聞こえた気がした。

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