野いちご源氏物語 五二 蜻蛉(かげろう)
母君(ははぎみ)から届いた手紙を右近(うこん)は泣きながら開けてみる。
「不安でよく眠れなかったせいでしょうか、今夜は夢にさえあなたが現れません。私まで妖怪(ようかい)(おそ)われたようで具合が悪くなってきました。昨日はああ言ったけれど、どうしても気になってたまらないので、こちらの家へ戻っていらっしゃい。(かおる)(きみ)別邸(べってい)にお引越しなさる日は近いけれど、それまでだけでも。この雨がやんだらすぐにおいでなさい」
とある。

女君(おんなぎみ)が昨日母君に書いた手紙は、きちんとそろえて置いてあった。
本当なら今朝早く、昨日の使者(ししゃ)が都に持っていくはずだったものよ。
右近はそれも開けて読むと、ひどく泣く。
<あぁ、やっぱり。遺書(いしょ)のつもりでお書きになったのだ。どうして私に少しもおっしゃってくださらなかったのか。幼いころから(かく)(ごと)などせず暮らしてきた間柄(あいだがら)なのに。私を置いて死のうとなさったばかりか、そのご決心をほのめかしてもくださらなかったことがつらい>
幼い子どものように(くや)しがりながら泣いている。

<ずっとひどく悩んでいらっしゃったけれど、自殺などという恐ろしいことを思いつかれるようなご性格ではないと思っていた。いったい何をなさったのか>
右近は不安でいっぱいになる。
あの口やかましい乳母(めのと)は、人が変わったように茫然(ぼうぜん)としている。
「どうしましょう、どうしましょう」
と、ぶつぶつつぶやくことしかできない。
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