野いちご源氏物語 五二 蜻蛉(かげろう)
さて、そのころ若い男性たちの(あこが)れの(まと)といえば、(おんな)(いち)(みや)様よ。
(みかど)姫君(ひめぎみ)で、匂宮(におうのみや)様の姉君(あねぎみ)でいらっしゃる。
今は中宮(ちゅうぐう)様とご一緒に六条(ろくじょう)(いん)(さと)()がりなさっているのだけれど、この宮様の女房(にょうぼう)には美人が多い。

そのなかの小宰相(こざいしょう)(きみ)という人を、(かおる)(きみ)はひそかにかわいがっていらっしゃった。
見た目が美しいのはもちろん、趣味もよい人だとお認めになっている。
楽器の音色は他の人よりすばらしく、話し方や手紙の書き方にも教養が感じられるの。
長年、匂宮様もご興味をお持ちになっていて、薫の君と別れさせようといろいろなことをおっしゃる。

<ふつうの女房なら宮様になびくだろう。でも私はそんな女ではない>
小宰相の君は少しも心を動かさない。
宮様としては小憎(こにく)たらしいけれど、薫の君はそういうところもさすがだとお思いになる。

薫の君が浮舟(うきふね)(きみ)を亡くして悲しんでいらっしゃることを、小宰相の君は(うわさ)に聞いている。
知らん顔をしていられなくてお手紙を書いた。
「あなた様のお悲しみは理解しているつもりですが、たかが女房が余計なことを申し上げてはいけないと遠慮(えんりょ)して(だま)っております。私が死んだのならこれほどお悲しみにはならなかったでしょうね」

風情(ふぜい)ある紙に書いて、静かな夕暮れ時に送ってきたから、薫の君は小宰相の君をお訪ねになった。
「心にしみる手紙だったよ。そなたには見抜かれているようだな。さんざんこの世はつらいところだと思わされてきた私だが、それでも悲しいのだ」
六条の院とはいえ女房用の部屋だから、とても薫の君にふさわしいような場所ではない。
そんなところにご立派な薫の君がお座りになっている。

小宰相の君は心苦しいけれど、それを表には出さず、かといって()()れしくもない、ちょうどよいお返事をした。
<この人は亡くなった姫よりも奥ゆかしい雰囲気がある。もともとはよい家の姫君(ひめぎみ)だっただろうに、どういう理由で女一の宮様にお仕えすることになったのだろう。私の秘密の恋人としてそばに置きたいくらいだ>
と薫の君はお思いになる。
それでも期待させるようなことは決しておっしゃらない。
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