この恋、予定外。
「まあ…たしかに。使う側としては、こっちの方が選びやすいと思います」

「そうだろうな」

私はそこで、パタンとタブレットを閉じる。
そのまま、少しだけ沈黙が落ちた。


仕事の話はひと通り終わったはずなのに、言葉がないのに、離れる理由も見つからなかった。
というか、まだちょっと一緒にいたい気持ちもあった。

「…あの」

口を開きかけて、止まる。
何を言おうとしたのか、自分でも分からない。

高橋さんが、ふとこちらを見る。

「どうした?」

「…いえ」

“まだちょっと一緒にいたい”なんて言えるわけもなく。首を横に振る。


私の頼まれていた仕事は終わった。

視線を少しだけ落とす。
白衣の袖口、作業台の上の試作品、番号だけのラベル。
その中に、さっきまで自分が使っていた「09」がある。

「…明日も使いますね」

ぽつりと、口から出た。
笑顔を浮かべるようにして、なるべくいつも通りに。

「ちゃんと見たいので」

それは、仕事の言葉。
でも、どこかそれだけじゃない気がした。

高橋さんはすぐに「頼むよ」とうなずいていた。
ただそれだけ。

「じゃあ、また報告します」

「うん」


短い会話をしたあと、私はくるりと背を向けて出口へ向かう。

ガラスの扉に手をかける。そのとき、ふと気づいた。
…さっきより、呼吸が軽い。
これで、いい気がした。
そう思ってしまった自分を、少しだけ疑いながら。
振り返らないまま、扉を開けた。


研究室の外に出ると、いつものオフィスの空気に戻る。
人の声、キーボードの音、電話の呼び出し音。あっという間に、現実という名の“いつもの光景”が広がる。


その中に立って、私は一度だけ、深く息を吸った。

─────今は、これでいいのかもしれない。
ずっとこのままでいいと思ったわけじゃない。
でも、とりあえず今は、今日は。
これで、いい気がした。

そう思ってしまった自分を、
少しだけ疑いながら。

この気持ちは、もう消えない。
きっと。ぜったい。
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