この恋、予定外。
営業のことを思い浮かべる。
数日前の売り場のこと。手応えも、先輩の言葉も、ちゃんと残っている。

間違っているわけじゃない。
なのに、それだけじゃ足りない気がする。


「うん。だから私も不思議なんだけど」

瑞希さんはエレベーターの壁にもたれて、私を横目で見た。

「うまくいってる時って、茉央はもうちょい分かりやすく満足してる顔するのよ」

「……」

言い返そうとして、言葉が出てこなかった。


エレベーターが一階に到着する。 扉が開く音がして、私たちはそのまま外に出た。

夜の空気が、昼間の暖かさの余韻を残しつつも少しだけひんやりしている。


「まあ、いいけどね」

瑞希さんは軽く言って、歩き出す。

「そういう時って、大体あとで分かるし」

「あとで、ですか?」

「うん。なんか引っかかってるんでしょ?」

歩幅を合わせながら、私は少しだけ考える。

“引っかかってる”。
その言葉が、妙にしっくりきてしまう。

「そう、なんですかね…」

自分でも分からないまま、そう返していた。
少しだけ声が弱くなる。

瑞希さんはそれ以上は何も言わなかった。 ただ、小さくポン、と肩に手を置いてくれた。

「まあ、じゃあその“引っかかり”がなくなったら、飲みに行こうよ」

「はい」


会話はそこで途切れた。


駅に向かう人の流れに混ざりながら、私は自分の足元を見た。
うまくいってる。 ちゃんとできてる。


…なのに。
─────引っかかってる、か。


胸の奥にあるそれに、まだ名前はつかないまま。
ただ、それは消える気配もなかった。


< 87 / 180 >

この作品をシェア

pagetop