君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
涙で滲む視界の向こう、彼女の脳裏に鮮明に浮かび上がったのは、あの不器用な一人の少年の姿だった。
入学式に遅刻してきて、周囲を睨みつけていた問題児。
教師に噛み付いてばかりいた、手の付けられない生意気な後輩。
空なんてこれっぽっちも興味なさそうな顔をしていたくせに、今では誰よりも執念深く、毎日毎日、冬の空を描き続けている少年。
彼の絵を、あのコンテストの会場で初めて見た日のことを思い出す。
誰もいないはずなのに、息苦しいほどの人の気配が満ちていた、誰かを待つための風景。
不器用で、真っ直ぐで、どうしようもないくらい優しくて温かい、彼そのもののような絵。
あの日、碧南は確かに、自らの魂の震えと共に思ったのだ。
この子なら。藤代凌という男の子なら、きっと――。
自分が途中で倒れ、どうしても辿り着けなかった、あの美しい色彩のさらにその先まで、行ってくれる。
碧南は胸の上で、スマートフォンをぎゅっと両腕で抱き寄せた。まるで、世界で一番大切な宝物を、病魔から守り抜くように優しく、強く。
「……よかった」
ぽつりと呟いた声は、完全に涙で濡れていた。
「本当に……凌に出会えて、よかった」
もしも、病気になる前の、ただ澄朱華の背中だけを追いかけて孤独に筆を握っていた頃の自分が今の姿を見たら――きっと、少しだけ安心したような顔で笑うだろう。
自分の代わりに、あの圧倒的な青を描き続けてくれる人がいる。
自分が愛した世界を、同じように見上げ続けてくれる人がいる。
自分がこの命を懸けて遺したかった大切な青を、決して忘れないでいてくれる人が、すぐ隣にいてくれる。
だから、少しだけ、本当に爪の先ほどだけれど、未来が怖くなくなった。
窓の外には、変わらない冬の月が静かに佇んでいる。
冷たい静寂に包まれた病室の中、碧南は涙で濡れた瞳のまま、その美しい月を見つめ続けた。
そして、誰の耳にも届かないほど小さな、消え入りそうな声で。
自らの残された全ての祈りを込めるようにして、そっと呟いた。
「……ありがとう、凌」
その温かい言葉だけが、冷え切った冬の夜の中へ、優しく、静かに溶けていった。
入学式に遅刻してきて、周囲を睨みつけていた問題児。
教師に噛み付いてばかりいた、手の付けられない生意気な後輩。
空なんてこれっぽっちも興味なさそうな顔をしていたくせに、今では誰よりも執念深く、毎日毎日、冬の空を描き続けている少年。
彼の絵を、あのコンテストの会場で初めて見た日のことを思い出す。
誰もいないはずなのに、息苦しいほどの人の気配が満ちていた、誰かを待つための風景。
不器用で、真っ直ぐで、どうしようもないくらい優しくて温かい、彼そのもののような絵。
あの日、碧南は確かに、自らの魂の震えと共に思ったのだ。
この子なら。藤代凌という男の子なら、きっと――。
自分が途中で倒れ、どうしても辿り着けなかった、あの美しい色彩のさらにその先まで、行ってくれる。
碧南は胸の上で、スマートフォンをぎゅっと両腕で抱き寄せた。まるで、世界で一番大切な宝物を、病魔から守り抜くように優しく、強く。
「……よかった」
ぽつりと呟いた声は、完全に涙で濡れていた。
「本当に……凌に出会えて、よかった」
もしも、病気になる前の、ただ澄朱華の背中だけを追いかけて孤独に筆を握っていた頃の自分が今の姿を見たら――きっと、少しだけ安心したような顔で笑うだろう。
自分の代わりに、あの圧倒的な青を描き続けてくれる人がいる。
自分が愛した世界を、同じように見上げ続けてくれる人がいる。
自分がこの命を懸けて遺したかった大切な青を、決して忘れないでいてくれる人が、すぐ隣にいてくれる。
だから、少しだけ、本当に爪の先ほどだけれど、未来が怖くなくなった。
窓の外には、変わらない冬の月が静かに佇んでいる。
冷たい静寂に包まれた病室の中、碧南は涙で濡れた瞳のまま、その美しい月を見つめ続けた。
そして、誰の耳にも届かないほど小さな、消え入りそうな声で。
自らの残された全ての祈りを込めるようにして、そっと呟いた。
「……ありがとう、凌」
その温かい言葉だけが、冷え切った冬の夜の中へ、優しく、静かに溶けていった。