君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
――軽かった。
頭が真っ白になるほど、驚くほどに。以前、美術室で少し触れた時よりも、ずっと。
腕の中に収まった碧南の身体は、自分が少しでも力を入れすぎてしまえば、一瞬で壊れてしまいそうなほど細く、脆かった。
「……ふふ、ごめん」
碧南は凌の胸に顔を寄せたまま、自嘲気味に苦笑した。
「最近、足が言うことを聞かなくて。よく転びそうになるんだ」
「笑い事じゃねぇだろ」
思わず、怒鳴るような強い声が出てしまう。
碧南は驚いたように少し目を丸くした。だが、すぐにその驚きは消え、何処か愛おしそうな、嬉しそうな微笑みへと変わる。
「……心配、してくれてる?」
「当たり前だろ。ふざけんな」
食い気味の即答だった。言ってから、凌自身が自分の素直さに少し驚いた。けれど、言葉を撤回するつもりなんて毛頭ない。
碧南はしばらく何も言わなかった。ただ、その瞳の奥だけが、冬の日差しを反射して、少しだけ潤んだようにきらきらと見えた。
「……そっか」
掠れていても優しい声は、それ以上何も言わない。凌も何も聞かなかった。
代わりに凌は、彼女の細い肩へと力強く腕を回し、自分の身体を引き寄せた。
「ほら、掴まれ」
「え?」
「一人でまともに歩けねぇんだろ。大人しく支えられてろ」
碧南が、困ったように眉根を寄せて笑う。
「もう、そんな身も蓋もない言い方しなくてもいいじゃん」
「事実だろ」
「失礼だなぁ、後輩のくせに」
口ではそんな文句を言いながらも、彼女は決して凌の手を振り解こうとはしなかった。
むしろ、張り詰めていた身体の力を抜き、完全に凌の右半身へと自らの体重を預けてくる。
布地を隔てて、彼女の体温がじわじわと伝わってきた。肌を刺すような冷え切った冬の日だというのに、何故だかその温もりだけは、世界の何よりも酷く温かかった。
二人はそのまま、重苦しい待合室を後にした。
ウィーンと音を立てて自動ドアが開く。次の瞬間、凛とした冬の厳烈な空気が、二人の火照った頬を優しく撫でた。
病院の外には、吸い込まれそうなほどの広大な青空が広がっていた。雲一つない、極限まで澄み切った、あの冬の空。
碧南は一歩足を止め、眩しそうにその大天空を見上げた。
まるで、ずっと遠くへ旅に出ていた、大好きな旧友と久しぶりに再会したかのような、優しく、切ない眼差しで。
「……綺麗だね」
ぽつりと、彼女の唇から言葉が零れ落ちる。
凌もつられるようにして、同じ空を見上げた。あの日、彼女から託された、忘れたくないあの青。
「ああ。ほんと、綺麗だな」
短く返すと、碧南は子供のように小さく笑った。
そして、凌の隣にぴったりと身体を預けたまま、再びゆっくりと歩き出す。
今日という奇跡のような一日を、一秒ずつ自らの魂に噛み締めるように。
一歩ずつ。一歩ずつ。
まるで、自分たちの間からさらさらと失われていく、砂時計の時間を惜しむようにして、二人は青空の下を歩んでいった。
頭が真っ白になるほど、驚くほどに。以前、美術室で少し触れた時よりも、ずっと。
腕の中に収まった碧南の身体は、自分が少しでも力を入れすぎてしまえば、一瞬で壊れてしまいそうなほど細く、脆かった。
「……ふふ、ごめん」
碧南は凌の胸に顔を寄せたまま、自嘲気味に苦笑した。
「最近、足が言うことを聞かなくて。よく転びそうになるんだ」
「笑い事じゃねぇだろ」
思わず、怒鳴るような強い声が出てしまう。
碧南は驚いたように少し目を丸くした。だが、すぐにその驚きは消え、何処か愛おしそうな、嬉しそうな微笑みへと変わる。
「……心配、してくれてる?」
「当たり前だろ。ふざけんな」
食い気味の即答だった。言ってから、凌自身が自分の素直さに少し驚いた。けれど、言葉を撤回するつもりなんて毛頭ない。
碧南はしばらく何も言わなかった。ただ、その瞳の奥だけが、冬の日差しを反射して、少しだけ潤んだようにきらきらと見えた。
「……そっか」
掠れていても優しい声は、それ以上何も言わない。凌も何も聞かなかった。
代わりに凌は、彼女の細い肩へと力強く腕を回し、自分の身体を引き寄せた。
「ほら、掴まれ」
「え?」
「一人でまともに歩けねぇんだろ。大人しく支えられてろ」
碧南が、困ったように眉根を寄せて笑う。
「もう、そんな身も蓋もない言い方しなくてもいいじゃん」
「事実だろ」
「失礼だなぁ、後輩のくせに」
口ではそんな文句を言いながらも、彼女は決して凌の手を振り解こうとはしなかった。
むしろ、張り詰めていた身体の力を抜き、完全に凌の右半身へと自らの体重を預けてくる。
布地を隔てて、彼女の体温がじわじわと伝わってきた。肌を刺すような冷え切った冬の日だというのに、何故だかその温もりだけは、世界の何よりも酷く温かかった。
二人はそのまま、重苦しい待合室を後にした。
ウィーンと音を立てて自動ドアが開く。次の瞬間、凛とした冬の厳烈な空気が、二人の火照った頬を優しく撫でた。
病院の外には、吸い込まれそうなほどの広大な青空が広がっていた。雲一つない、極限まで澄み切った、あの冬の空。
碧南は一歩足を止め、眩しそうにその大天空を見上げた。
まるで、ずっと遠くへ旅に出ていた、大好きな旧友と久しぶりに再会したかのような、優しく、切ない眼差しで。
「……綺麗だね」
ぽつりと、彼女の唇から言葉が零れ落ちる。
凌もつられるようにして、同じ空を見上げた。あの日、彼女から託された、忘れたくないあの青。
「ああ。ほんと、綺麗だな」
短く返すと、碧南は子供のように小さく笑った。
そして、凌の隣にぴったりと身体を預けたまま、再びゆっくりと歩き出す。
今日という奇跡のような一日を、一秒ずつ自らの魂に噛み締めるように。
一歩ずつ。一歩ずつ。
まるで、自分たちの間からさらさらと失われていく、砂時計の時間を惜しむようにして、二人は青空の下を歩んでいった。