君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
 屋上へと続く階段を登り、今ではすっかり見慣れた扉を開ける。
 今日は随分と風が強い。夏も本格的になってきて、こうして外にいるだけで汗が吹き出してくる。

「おーい。授業中だぞー」

 呑気な声が頭上から聞こえてきて、凌は反射的に上を見た。
 碧南が足を放り出して座っている。風に髪を靡かせ、意地の悪い笑顔を浮かべていた。
 そんな彼女と目が合うなり、凌は怪訝な顔つきになる。

「先輩までサボりっすか」
「私はいーの。それより、まだ入学して二ヶ月ちょっとの君の方が授業サボったらまずいんじゃないの」
「……俺には合ってないんすよ、あの場所は」
 
 そう言いながら視線を下げた凌は、扉の前から歩き出し、屋上を囲う柵にもたれ掛かった。

「ずっとここにいられたら良いのに」

 ぽつりと零した言葉が風に乗って遠くへ飛んでいく。
 その声が聞こえたのか否か、屋根から飛び降りる碧南の足音が背後で聞こえた。

「よっと」

 軽やかな足取りで凌の隣にやって来た碧南も柵に手をつく。
 屋上からは学校があるこの街周辺がよく見えた。少し離れた所に背の高いタワーマンションがある。
 今この街にいる人間の中で、一体どれだけの人が空を見上げているのだろうか。
 ぼんやりと空を見上げていると、そんなくだらないことばかりが頭に浮かんでくる。

「私も、ずっとここにいたいよ」

 弾かれるように隣に視線を向けると、碧南薄く細めた目を凌に向けていた。
 長い、長い沈黙が空間を支配する。今が授業中で、多くの生徒が教室で学んでいることなど忘れてしまう。

「取り憑かれたんだ。私達は、この青空に呪われた」

 そう言った碧南の身体が大きく前に倒れた。
 
「っ!」

 咄嗟に手を伸ばした時、パシッという音と共に凌の手は空を切る。
 いつの間にか、外に足を放り出すようにして、碧南は柵の上に座っていた。ゆらゆらと足を動かし、今にも落ちてしまうのではないかという不安にかられる。

「ねえ、君にお願いがあるの」
「お願い……?」

 手を伸ばせば届く距離にいるはずなのに、どうしてか目の前の碧南に触れることが憚られた。
 決して越えられない透明の壁が立ち塞がっている。そんな錯覚をするくらい、今の碧南からは触れるなと言う無言の圧が溢れていた。

「ここにいる間の私達は、先輩でも後輩でもない。ただの凡人だってことを覚えていてほしい」

 振り返った彼女が向けた表情は、今にも泣き出してしまいそうなほどに歪んでいた。
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