君の手が動く限り、俺は隣にいたいから
展示会が閉幕してから数日後。
お昼休みのチャイムが鳴り響いた後の屋上には、いつものように誰の姿もなかった。
フェンス越しに見下ろす、見慣れた灰色の街並み。
陽炎の向こうをゆっくりと走っていく、おもちゃのような電車の列。
そして、それら全てを包み込むようにして広がる、頭上の雲ひとつない広大な青空。
初夏を報せる五月の爽やかな風が、遮るもののない高所で静かに吹き抜けた。碧南の切れ長の瞳を掠め、艶やかな長い黒髪をさらさらと揺らしていく。
彼女はいつもと同じように、錆びついた屋上の柵へ背中を預けながら、手の中にある一台のスマートフォンをじっと見つめていた。
液晶画面に映し出されているのは、二枚の写真画像。
一枚は、あの日、展示会の最奥でスポットライトを浴びていた凌の受賞作――『君の手が動く限り、俺は隣にいたいから』。
画面いっぱいに広がる、不器用なほどに真っ直ぐな青空。視界の端に見える鉄柵とビルの天辺。
ただ誰かを待つためだけに、誰かに会いたいと願うためだけに存在しているような、微かな熱を持った静かな風景。
そして、もう一枚。
かつて同じコンクールで最優秀賞を掻きむしっていった、何処までも、何処までもただ純粋に続く青空の絵。
今も白い病室の中で刻を止めている先輩、澄朱華が遺した最高傑作だった。
碧南は液晶をスクロールしながら、その二枚の画像を交互に眺める。
一度、二度では足りず、何度も、何度も。
まるで、その二つの青の間にある決定的な違いを、自らの魂に確かめさせるように。
「……本当に、全然違うな」
ぽつりと、風の中に掠れた呟きが溶けていく。
澄朱華の絵は、何処までも冷徹なまでに『空そのもの』だった。
地上にある全ての夾雑物を削ぎ落とし、ただひたすらに、純粋な青の深淵を描いている。なのに、ただそれだけであるはずなのに、見ているだけで心臓を素手で掴まれたように胸が締め付けられるのだ。
今にも泣き出しそうなほどに澄んだ青。
子供のように両手を伸ばしたくなる青。
そして、永遠に失いたくないと狂おしいほどに思わせる、絶対的な世界の美しさがそこにあった。
彼女の絵は、見る者に「世界はこんなにも綺麗なんだ」と教えてくれた。
お昼休みのチャイムが鳴り響いた後の屋上には、いつものように誰の姿もなかった。
フェンス越しに見下ろす、見慣れた灰色の街並み。
陽炎の向こうをゆっくりと走っていく、おもちゃのような電車の列。
そして、それら全てを包み込むようにして広がる、頭上の雲ひとつない広大な青空。
初夏を報せる五月の爽やかな風が、遮るもののない高所で静かに吹き抜けた。碧南の切れ長の瞳を掠め、艶やかな長い黒髪をさらさらと揺らしていく。
彼女はいつもと同じように、錆びついた屋上の柵へ背中を預けながら、手の中にある一台のスマートフォンをじっと見つめていた。
液晶画面に映し出されているのは、二枚の写真画像。
一枚は、あの日、展示会の最奥でスポットライトを浴びていた凌の受賞作――『君の手が動く限り、俺は隣にいたいから』。
画面いっぱいに広がる、不器用なほどに真っ直ぐな青空。視界の端に見える鉄柵とビルの天辺。
ただ誰かを待つためだけに、誰かに会いたいと願うためだけに存在しているような、微かな熱を持った静かな風景。
そして、もう一枚。
かつて同じコンクールで最優秀賞を掻きむしっていった、何処までも、何処までもただ純粋に続く青空の絵。
今も白い病室の中で刻を止めている先輩、澄朱華が遺した最高傑作だった。
碧南は液晶をスクロールしながら、その二枚の画像を交互に眺める。
一度、二度では足りず、何度も、何度も。
まるで、その二つの青の間にある決定的な違いを、自らの魂に確かめさせるように。
「……本当に、全然違うな」
ぽつりと、風の中に掠れた呟きが溶けていく。
澄朱華の絵は、何処までも冷徹なまでに『空そのもの』だった。
地上にある全ての夾雑物を削ぎ落とし、ただひたすらに、純粋な青の深淵を描いている。なのに、ただそれだけであるはずなのに、見ているだけで心臓を素手で掴まれたように胸が締め付けられるのだ。
今にも泣き出しそうなほどに澄んだ青。
子供のように両手を伸ばしたくなる青。
そして、永遠に失いたくないと狂おしいほどに思わせる、絶対的な世界の美しさがそこにあった。
彼女の絵は、見る者に「世界はこんなにも綺麗なんだ」と教えてくれた。