赫い滴と湿った吐息

第二話:無機質な部屋、契約の再確認 1

​「……また、ここなんだね」

少女の乾いた呟きが、安ホテルの狭い玄関に響き、ビニールクロスの壁に無機質に跳ね返る。

鼻腔を支配するのは、前客の残り香を消し忘れたような芳香剤と、埃っぽい絨毯の匂い。

視界に映る彼女は、昨日と同じはずの照明の下で、どこか諦めに似た艶やかさを帯びていた。

​「文句があるなら、もっと高い場所へ連れて行くが」

男の低い声が、鍵をかける金属音と共に、密室の静寂を暴力的に引き締める。

耳朶を打つのは、彼女が脱ぎ捨てたローファーが、床に転がるコトッという頼りない音。

舌先に残る先ほどのコーヒーの脂分が、男の喉を、焦れったいほどの渇きで締め上げた。

​「……いいよ、ここで。おじさんの『匂い』が、もう染み付いてるみたいだし」

少女がベッドの端に腰を下ろすと、スプリングが微かな悲鳴を上げ、彼女の細い腰を沈ませる。

触れ合う二人の距離に、加湿器の生温かい蒸気が割り込み、視界を微かに白く濁らせた。

視覚を奪うほどの液晶テレビの青白い光が、彼女の鎖骨に、深い孤独の溝を刻み込む。

​「契約を忘れたわけではないな。お前の時間は、今、私の手の中にある」

男の手が彼女のブラウスの第一ボタンに触れると、指先に伝わるのは、逃げ場を失った拍動。

掌に伝わる彼女の皮膚の薄さは、昨夜よりもさらに透き通り、今にも破れてしまいそうだ。

遠くで、廊下を歩く誰かの話し声が、壁越しに、現実の欠片として不気味に響き渡る。

​「……忘れてないよ。だから、好きにして。おじさんの、好きなように……っ」

彼女の吐息が、男の指先に熱を帯びて絡みつき、拒絶を飲み込んだ甘い屈服を告げた。

溢れ出す支配の予感が、二人の間に漂う酸素を薄くし、狂おしい夜の再演を急かす。

窓のない部屋で、再び重なり合う影が、日常という名の枷を音もなく切り離していった。
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