赫い滴と湿った吐息
第一話:密室の亀裂、外からの震動 3
「……いいか。声を出すな。もしあいつにお前の存在が知られれば、私はあいつを殺す。……お前が、殺させるんだ」
男の低い声が、扉を一枚隔てた廊下の気配と交差し、少女の耳腔に、逃げ場のない「加害者」としての刻印を深く穿つ。
鼻腔を支配するのは、極限の緊張で乾ききった部屋の空気と、男のネクタイから漂う、冷徹な事務処理のような死の匂い。
視界に映る彼女の瞳は、かつての友人を「死」に追いやるかもしれないという恐怖に、硝子細工のように粉々に砕け散っていた。
「……っ、嫌、……おじさん、お願い、……何でもする、から……っ!」
少女の指先が、男の喉元を、祈るように、そして呪うように、ねちっこく、執拗に縋り付いてくる。
耳朶を打つのは、男がドアのチェーンをゆっくりと、焦らすように外す、ジャラリとした重い鎖の完了音。
舌先に残る自身の罪という名の鉄錆の味が、男の口腔を、彼女を「完全な共犯者」へと変貌させた後の、静かな熱で満たした。
「……どちら様ですか。夜分に、私の妻が何か?」
男が扉を僅かに開け、隙間から外界を覗き込むと、指先に伝わるのは、背後で息を殺し、絶望に震える「所有物」の脈動。
触れ合う二人の肌の間で、立ち上る冷たい汗が、彼女の皮膚を男の背中に接着させ、共犯という名の呪縛を、より強固に完成させた。
視覚を奪うほどの眩い廊下の蛍光灯が、隙間から差し込み、彼女の裸の足首を、逃亡を許さぬ罪人のように、美しく、残酷に照らし出す。
「あ……すみません、人違いでした。……栞が、こんなところにいるはずない……ですよね」
扉の向こうで青年の声が力なく遠ざかり、去っていく足音が、彼女の「社会的な死」を無慈悲に確定させていく。
掌に伝わる彼女の胸の鼓動は、救済を自ら拒絶し、この暗闇の中でしか生きられない魔物へと堕ちていく、断末魔の拍動。
遠くで、エレベーターが閉まる無機質な音が、彼女を外界から完全に切り離し、この密室を「逃げ場のない永劫」へと再封印した。
「……聞いたか。あいつはお前を見捨てた。お前を拾い上げ、抱きしめるのは、この世界で私だけだ」
男の指先が、絶望に崩れ落ちた彼女の顎を掬い上げ、支配という名の冷徹な接吻を、脳髄まで深く注ぎ込んだ。
溢れ出した「共犯」の悦楽が、ホテルの部屋を、名もなき罪人たちが睦み合うための、甘美で無慈悲な処刑場へと変える。
日常が完全に死に絶えたその暗闇で、彼女の細い吐息は、男の支配という名の永劫の沈黙へと、ただ静かに、そして無残に沈んでいった。
第七章 第一話、完結いたしました。
外界への唯一の糸が切れたことで、彼女は精神的にも男の「共犯者」となり、もはや戻るべき場所を失いました。
男の低い声が、扉を一枚隔てた廊下の気配と交差し、少女の耳腔に、逃げ場のない「加害者」としての刻印を深く穿つ。
鼻腔を支配するのは、極限の緊張で乾ききった部屋の空気と、男のネクタイから漂う、冷徹な事務処理のような死の匂い。
視界に映る彼女の瞳は、かつての友人を「死」に追いやるかもしれないという恐怖に、硝子細工のように粉々に砕け散っていた。
「……っ、嫌、……おじさん、お願い、……何でもする、から……っ!」
少女の指先が、男の喉元を、祈るように、そして呪うように、ねちっこく、執拗に縋り付いてくる。
耳朶を打つのは、男がドアのチェーンをゆっくりと、焦らすように外す、ジャラリとした重い鎖の完了音。
舌先に残る自身の罪という名の鉄錆の味が、男の口腔を、彼女を「完全な共犯者」へと変貌させた後の、静かな熱で満たした。
「……どちら様ですか。夜分に、私の妻が何か?」
男が扉を僅かに開け、隙間から外界を覗き込むと、指先に伝わるのは、背後で息を殺し、絶望に震える「所有物」の脈動。
触れ合う二人の肌の間で、立ち上る冷たい汗が、彼女の皮膚を男の背中に接着させ、共犯という名の呪縛を、より強固に完成させた。
視覚を奪うほどの眩い廊下の蛍光灯が、隙間から差し込み、彼女の裸の足首を、逃亡を許さぬ罪人のように、美しく、残酷に照らし出す。
「あ……すみません、人違いでした。……栞が、こんなところにいるはずない……ですよね」
扉の向こうで青年の声が力なく遠ざかり、去っていく足音が、彼女の「社会的な死」を無慈悲に確定させていく。
掌に伝わる彼女の胸の鼓動は、救済を自ら拒絶し、この暗闇の中でしか生きられない魔物へと堕ちていく、断末魔の拍動。
遠くで、エレベーターが閉まる無機質な音が、彼女を外界から完全に切り離し、この密室を「逃げ場のない永劫」へと再封印した。
「……聞いたか。あいつはお前を見捨てた。お前を拾い上げ、抱きしめるのは、この世界で私だけだ」
男の指先が、絶望に崩れ落ちた彼女の顎を掬い上げ、支配という名の冷徹な接吻を、脳髄まで深く注ぎ込んだ。
溢れ出した「共犯」の悦楽が、ホテルの部屋を、名もなき罪人たちが睦み合うための、甘美で無慈悲な処刑場へと変える。
日常が完全に死に絶えたその暗闇で、彼女の細い吐息は、男の支配という名の永劫の沈黙へと、ただ静かに、そして無残に沈んでいった。
第七章 第一話、完結いたしました。
外界への唯一の糸が切れたことで、彼女は精神的にも男の「共犯者」となり、もはや戻るべき場所を失いました。