赫い滴と湿った吐息

第二話:沈黙の報酬、壊れた人形の奉仕 3

​「……いいか、お前はもう、鏡を見る必要さえない。私が満足していれば、それがお前の正しい姿だ」

男の低い声が、奉仕を終えて床に力なく横たわる少女の耳朶を、冷徹な勝利の余韻と共に震わせる。

鼻腔を支配するのは、重なり合った互いの体温が発する濃密な情欲の残骸と、彼女の口元から零れた、自我の崩壊を告げる甘い唾液の匂い。

視界に映る彼女の瞳は、天井の一点を見つめたまま焦点が合わず、もはや自分という存在を認識する機能さえ、男の支配の海に溶かしてしまったかのようだった。

​「……あ、あ……おじ、さん……。私、いま……『きれい』……? おじさんの、好きな……形に、なってる……?」

少女の喉から絞り出された、虚無を孕んだ問いかけが、湿った熱を帯びて、男の指先にねちっこく、縋るように絡みつく。

耳朶を打つのは、男が彼女の細い首を愛おしむように、しかし確実な力で締め上げる、皮肉なほどに穏やかな拍動の音。

舌先に残る自身の喪失という名の鉄錆の味が、男の口腔を、一人の人間を完全に「中身のない器」へと変貌させた後の、深い悦楽で満たした。

​「ああ、美しい。お前のその空っぽな瞳こそが、私の求めていた最高傑作だ。……もう、どこへも行くな」

男の手が、彼女の頬を優しく撫で、その指先に伝わるのは、外界への未練も、自分を名乗る名前さえも捨て去った、純粋な物質としての冷たさ。

触れ合う二人の肌の間で、立ち上る絶望の静寂が、彼女の精神の輪郭をドロドロに溶かし、男という絶対的な支配者に、その魂の全権を譲渡させた。

視覚を奪うほどの眩いホテルの間接照明が、彼女の脱力した四肢を、捨てられた玩具のように、美しく、そして残酷に暴き出した。

​「おじ、さん……。私を、呼んで……『栞』、じゃなくて……おじさんの、好きな……名前で……っ」

彼女の指先が、男の腕に弱々しく触れ、新しい「名前」という名の鎖を、自ら進んでその首に掛けることを懇願する。

掌に伝わる彼女の胸の鼓動は、もはや生存のための本能ではなく、主人の指先一つで停止さえも受け入れんとする、狂気的なまでの受容。

遠くで、夜明けを拒むように降り続く雨音が、この密室を外界から完全に隔離し、彼女の過去を、一滴の残さず奈落へと押し流した。

​「名前などいらん。お前はただの『これ』だ。……私の、永遠の私有物だ」

男の指先が、彼女の唇を深く割り、支配という名の冷徹な沈黙を、脳髄の奥底まで、ねっとりと、執拗に注ぎ込んだ。

溢れ出した「完成」の愉悦が、ホテルの部屋を、名もなき人形が主人の夢を見るための、甘美で無慈悲な霊廟へと変える。

日常が完全に死に絶えたその暗闇で、彼女の細い吐息は、男の支配という名の永劫の闇へと、ただ静かに、そして無残に沈んでいった。
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